海外のポジティヴ・パンク、ゴシック文化との関連性
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クラブ・ワルプルギス (CLUB WALPURGIS) ヴォーカルのZin-François Angéliqueが1983年夏に新宿の富久町にオープンした、日本初のポジティブパンク&ゴシック系クラブ。 毎週土曜はPOSITIVE PUNKナイト、毎週日曜はディスコナイト。週2日オープンしていた。 1980年代初頭、POSITIVE PUNK (ポジティブパンク/ex:POST PUNK/POSITIVE PUNK/GOTHIC ROCK)と呼ばれていたバンドの曲が メインにかかるクラブはなく、そんな時代にイギリスのポジパンシーンの曲をメインに選曲した伝説的な日本初のポジティヴ・パンク、ゴシック系クラブとして知られる。 1984年〜1985年末頃に新宿2丁目に移転し、毎週水曜日はCOLD TURKEY (サイケデリックナイト)、毎週土曜はPOSITIVE PUNKナイト、毎週日曜はディスコナイト。 週3日オープンしていた。新宿2丁目の内装ペイントを手がけたのは藤井悟とその友人。CLUB WALPURGISには、常連客の中にはYOJI INO 、F(後の藤代冥砂)、 宇自可 伶 うじかれい(ファッションプロデューサー)、郷司 基晴(写真作家)をはじめ、多数の国内外のミュージシャンやデザイナー、 アーティストたちが毎週末訪れ、海外からもパフォーマー&ミュージシャンのJOHN SEXやロックバンドTHE CULTのメンバー 、 フォトグラファーCurtus Knappなども訪れたが、1980年代の終焉とともに閉店。 そして2001年復活。 2001年12月に六本木パラノーマルにて一夜のイベントとして再開後、2005年8月20日より 渋谷「青い部屋」にて復活。 その後渋谷「青い部屋」の閉店に伴い、2010年12月31日に「青い部屋」でのラストイベントを開催。 2011年5月28日に新宿JAMに開催地を移し、定期的にイベントCLUB WALPURGIS(クラブ・ワルプルギス)を開催する。
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