歴史上の星表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 07:39 UTC 版)
ヒッパルコスの星表(紀元前2世紀) 詳細は「ヒッパルコス」を参照 著書が現存しないため正確なところは不明だが、46星座を設定したとされる。また、紀元前300年頃に書かれたティモカリスやアリステュロスらの星表と自分の実際の観測結果を比較して春分点の移動(歳差)を発見したとされる。 プトレマイオスの星表(2世紀、『アルマゲスト』第7巻と第8巻) 詳細は「クラウディオス・プトレマイオス」を参照 アレクサンドリアで観測できる1,020余りの星を挙げている。『アルマゲスト』はヨーロッパやアラブ世界で千年以上にわたって標準の星表として用いられた。この星表は、ほぼ完全にヒッパルコスの観測に基づいているとされている。 中国の星表(3世紀?) 殷の巫咸、あるいは斉(楚とする説もあり)の甘徳と魏の石申が星表を作ったとされており(現在では後漢時代に成立したものであり、三氏の名前は権威付けのために使われたと考えられている)、のちに呉の陳卓がそれらを整理してまとめたものが長く用いられた。 アッ・スーフィーの星表(10世紀) 詳細は「アブド・アル・ラフマン・アル・スーフィー」を参照 ウルグ・ベクの星表(15世紀) 詳細は「ウルグ・ベク」を参照 コペルニクスの星表(16世紀) 詳細は「ニコラウス・コペルニクス」を参照 ティコ・ブラーエの星表(16世紀?) 詳細は「ティコ・ブラーエ」を参照 ハレーの南天星表(1679年) 詳細は「エドモンド・ハレー」を参照 ヘヴェリウスの星表(17世紀) 詳細は「ヨハネス・ヘヴェリウス」を参照 後添字:H. ベヴィスの星表(1750年) 詳細は「ジョン・ベヴィス」を参照 ボーデの星表(18 - 19世紀) 詳細は「ヨハン・ボーデ」を参照 後添字:B. ピアッツィの星表(18 - 19世紀、『パレルモ星表』) 詳細は「ジュゼッペ・ピアッツィ」を参照 ハイスの星表(19世紀) 詳細は「エドゥアルト・ハイス」を参照 後添字:H'. グールドの星表(19世紀) 詳細は「ベンジャミン・グールド」を参照 後添字:G. ヘッセン方伯の星表 詳細は「ヴィルヘルム4世 (ヘッセン方伯)」を参照 テオドルスとデ・ハウトマンの星表 詳細は「ルドルフ表」および「フレデリック・デ・ハウトマン」を参照
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