櫛玉命神社とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 櫛玉命神社の意味・解説 

櫛玉命神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/13 10:51 UTC 版)

櫛玉命神社
所在地 奈良県高市郡明日香村真弓51
位置 北緯34度27分37秒 東経135度47分40秒 / 北緯34.46028度 東経135.79444度 / 34.46028; 135.79444 (櫛玉命神社)座標: 北緯34度27分37秒 東経135度47分40秒 / 北緯34.46028度 東経135.79444度 / 34.46028; 135.79444 (櫛玉命神社)
主祭神 櫛玉彦命
櫛玉姫命
天明玉命
豊玉命[1]
社格 式内社(大4座)
村社
創建 不詳
本殿の様式 春日造銅板葺
例祭 10月9日
地図
櫛玉命神社
テンプレートを表示

櫛玉命神社(くしたまのみことじんじゃ)は、奈良県高市郡明日香村鎮座する神社である。式内大社で、旧社格は村社。

祭神

以下の四柱を祀る[1]

歴史

概史

創建年代は不詳だが、一説によると、仲哀天皇の御代に櫛玉彦命(櫛玉命)の後裔に当る荒木命に、祖先の勲功によって巨勢の地三十代を賜り、祖先を祀ったものを創祀であるとする。玉造神社と呼ばれたこともあったが、江戸時代初期頃から八幡宮と称され、祭神も八幡大神に変えられていたが、明治23年(1890年12月25日に社号・祭神を古に復した。

大和志料に、五郡神社記より「櫛玉彦・櫛玉姫の二神をも矢田坐久志玉比古神社二座より勧請し(大同3年)」と記されているので、祭神は、饒速日命であることが考えられるが、同じく五郡神社記を引用した高市郡神社誌や奈良県史によると、祭神の櫛玉彦命は、高皇産霊命の子[2]で天明玉命の父である旨が記されていて、矢田坐久志玉比古神社からの勧請についても記されていない。伊勢津彦神である可能性も無いとは言えない[3]。但し、五郡神社記には「巨勢郷に矢田羽田両村在り」「矢田間神社と羽田間神社の2座」「遠祖櫛玉彦櫛玉姫の二神をも矢田坐久志玉比古神社より勧請し之を矢田間社と称し」と記されており饒速日命と御炊屋姫、天明玉命、豊玉命を祀っている可能性が明らかに高い。矢田坐久志玉比古神社が、高皇産霊命の子である天太玉命を祀っていた時期があったのでややこしくなった可能性もある。

櫛玉姫命は、櫛玉彦命の妃と考えられる。なお、廣瀬大社に祀られている櫛玉命は、饒速日命である。

神階

境内社

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 平凡社編『寺院神社大事典 大和・紀伊』(平凡社、1997年)
  2. ^ 本来の五郡神社記には、伊弉諾尊の子と記されている
  3. ^ 『神祇全書 第二』思文閣、明治40-02-12。 

関連項目

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「櫛玉命神社」の関連用語

櫛玉命神社のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



櫛玉命神社のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの櫛玉命神社 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS