東ドイツによる賠償
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/01 01:08 UTC 版)
「第二次世界大戦後におけるドイツの戦後補償」の記事における「東ドイツによる賠償」の解説
1948年春のデモンタージュ中止以降、ドイツ民主共和国(東ドイツ)からソ連に対しては現物による賠償納入が行われた。 また東ドイツはドイツ帝国とヴァイマル共和政とナチス・ドイツ、すなわちドイツ国の継承国ではない国家であるとして一切の賠償・補償要求に応じなかった。 ソ連は1953年8月22日の協定で1954年1月1日をもって「ドイツ」に対する賠償請求権をすべて放棄することを宣言した。なお、この協定にはポーランドの「同意」もあり、1970年のワルシャワ条約でポーランドの対独賠償放棄が再確認された。 東ドイツ国内にすむナチ政権の迫害被害者に対する直接的な補償も行われず、年金や福祉・教育などで優遇措置がとられるにとどまった。
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