札幌東急ストア時代
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1998年4月1日には株式会社札幌東急ストアに社名変更した。 社名を札幌東急ストアとする頃に前後して、東急グループ内のスーパーマーケット事業を集約する動きがあった。社名変更直前の1997年4月に、東急ストア直営店舗(元・北海道東急ストアの店舗)を移管された。1998年には北見バス(現・北海道北見バス)の経営再建策の一環として北見バス興産を整理し、北見バス興産運営の「北見東急ストア」を9店舗中5店舗の営業を譲渡され、この運営に当たってじょうてつとの共同出資により子会社となる株式会社北見東急ストアを設立した。これにより、札幌東急ストアが札幌圏外に店舗を構え、北海道内の東急グループのスーパーマーケット事業を運営することとなった。 2001年は北海道を地場とする百貨店の丸井今井がスーパーマーケット事業から撤退することを受けて、3店舗を譲渡され、4月に札幌東急ストアとしてそれぞれ麻生店、円山店、真駒内店として開店。2003年4月16日には2002年10月16日に閉店したポスフール(当時。元:マイカル北海道)の大谷地サティの後を受けて開業した複合商業施設の「キャポ大谷地」の大谷地サティの食品フロア部分に該当テナントとして札幌東急ストア大谷地店を出店するなど、競合他社が撤退した後に出店を進めるなど、札幌圏での店舗網を拡充していった。 しかし、北見市で「北見東急ストア」を運営していた株式会社北見東急ストアが、競合他社による大型店の進出などにより経営が悪化したことで、札幌東急ストアの完全子会社した後の2003年1月31日に運営していた5店舗すべてを閉店し法人を解散。店舗網は再び札幌圏に縮小することとなった。 2004年10月、当時第二位の株主であった東急ストアと商品調達や物流、人事、システムで業務提携して東急グループの経営資源を活用して競争力強化を目指した 。11月に東京急行電鉄(東急)がじょうてつとじょうてつのグループ会社が保有していた株式を取得し、東急の子会社とした後、2006年2月に東急ストアが東急から株式の50.2%を取得して子会社化するなど東急グループ内での再編を進めて強化するテコ入れが行われた。 こうしたグループ再編などを受けて経営が強化され、2009年には北海道のスーパーマーケットでは第4位となった。
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