普墺戦争・普仏戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 06:44 UTC 版)
成立当時のイタリアには教皇領やヴェネツィア共和国など、イタリア人が多く住みながら統一イタリア王国の領土とはならなかった地域が存在した。イタリアはこれら未回収のイタリアを占領国から回収する事を陸軍の主命とし、普墺戦争ではプロイセン軍と同盟を結んでオーストリア軍と争った。経験不足の新興国イタリアの軍隊は老大国オーストリアの軍勢に苦戦を強いられるが、統一の英雄であるガリバルディのアルプス軍団の活躍やオーストリアがケーニヒグレーツの戦いでプロイセン軍に大敗を喫した事などに助けられ、辛くも勝利を収めた。講和条約でヴェネト地方を奪還したイタリアは次いで普仏戦争においてフランス軍の庇護を失った教皇領を手に収めローマに遷都し、統一運動に一応の終止符を打った。
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