普天堡の戦いの評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/13 20:36 UTC 版)
重村智計は、普天堡の戦いは北朝鮮が喧伝しているよりもっと小規模であり、東北抗日聯軍も中国抗日軍との連合軍であったことを指摘している。 普天堡の戦いは、金日成の偶像化に利用する代表的な事件であり、韓国の左派系歴史教科書は、当時の報道を引用して「金日成が導いた部隊が日本の植民地時代に普天堡を襲撃・勝利した」と大きく記述しているが、李基東(朝鮮語: 이기동、東国大学)は、「普天堡の戦いが私たちの独立運動史に占める客観的な位置を認識しなければならない。普天堡の戦いは事件そのものがみすぼらしい。当時の金日成の組織は、中国共産党満州省委員会の下部組織だった。中国が自分たちの共産主義革命のために朝鮮人の金日成に仕事を請け負わせ、分け与えたものである」「この事件を大きく記述する必要があるのか。大韓民国臨時政府のような純粋な韓民族の独立運動組織の指令に基づいて動いた独立運動とは差別化しなければならない。韓国を赤化統一しようとする金日成による事件を巨大な写真まで付けて紹介する意図は何なのか。韓国に恥を与えようという虚偽意識から出たものである。それ執筆した大学教授は韓国で上位5%に入る特権層である」と批判している。
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