日本人の悲しい時に作る微笑みの文化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/02 09:17 UTC 版)
「微笑み」の記事における「日本人の悲しい時に作る微笑みの文化」の解説
日本人の不自然な微笑に関しては、小泉八雲の『日本瞥見記』内の「日本人の微笑」において語られており、「愛する人が亡くなった重大な時にこそ、みだりに表情を表すことを控え、むしろ笑みを浮かべることを美徳としていた」とし、そうした日本人の美徳を外国人である小泉自身は不可解であったと記している。この日本人独特の微笑の不可解さは、新渡戸稲造著の『武士道』内においても説明されている(外国人女性のケース、すなわち男女にかかわりなく、日本人の微笑は不可解に見られていた)。「悲しい時の微笑」を日本人独特とするのは、小泉自身が韓国にも旅をしており、葬式を見学した際、肉親のほとんどが大声をあげて泣いており(泣き女も参照)、日本の葬式では見られないほど、率直な感情の吐露がみられたことによる。『武士道』内の説明によれば、悲しい時の微笑は、相手を気遣わせないための配慮であり、他人を心配させないための表情であるとしている。 本来なら悲しむ時の状況であるにもかかわらず、作られる微笑み習慣は、現代でも一部で見られる。 2010年の日本とオランダの大学による共同実験においても、日本人は文化的に本当の感情を出さない傾向があり、否定的感情も笑顔で取りつくろうため、感情を読み取る際、「顔」ではなく、「声」の方を重視することがわかっている。声までは偽装しにくいためと考えられている(微笑みが本心ではなく儀礼的というのは、日本人間では共通認識)。これに対し、オランダ人は感情を顔の表情で読み取っていたという結果が出ている。このため、文化的誤解が生じやすい。
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