摂政就任時の王府慣習改革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/06 01:32 UTC 版)
「羽地朝秀」の記事における「摂政就任時の王府慣習改革」の解説
『羽地仕置』によると、羽地は摂政就任の際、「内証」から遣わされた「書院の親方」を追い返し、摂政の次席に当たる三司官の伊野波親方に改めて就任要請に来させたという。羽地はこのように、慣習となっていた王府内システムを否定し、身分や事柄に合ったかたちでの公式なシステムに改変することを要求したのである。 三司官の任職を要請する際には、王府内の女官が国王からの要請を取り次ぐという慣習を否定し、上級役人に取次役を担わせるようにした。他にも、重職就任や領地拝領、節句の際の進物や祝儀、その際の対応について簡素化を要請した。これまでは、国王や王妃、その側仕えの者たちにも進物を送っていたが、以後は国王や王妃以外への進物は停止する。 また祝儀を持参して面会に来た際には、毎回面会するのではなく帳面に来訪者を記載するだけで良いとしたり、必要以上の祝儀を用意する必要はないとした。これらの意図は、虚礼に対する廃止や合理化であると同時に、王府内における身分秩序を明確化することで政治行政組織の強化を目指したものであるとされている。
※この「摂政就任時の王府慣習改革」の解説は、「羽地朝秀」の解説の一部です。
「摂政就任時の王府慣習改革」を含む「羽地朝秀」の記事については、「羽地朝秀」の概要を参照ください。
- 摂政就任時の王府慣習改革のページへのリンク