廃墟としての大仁鉱山とは? わかりやすく解説

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廃墟としての大仁鉱山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/18 14:18 UTC 版)

大仁鉱山」の記事における「廃墟としての大仁鉱山」の解説

2000年頃までは、ヘルスセンター含め鉱山施設多く廃墟として残されていた。人里離れた山の中に存在する事が多い鉱山系の廃墟において比較交通の便良く狩野川対岸からも望む事ができる山の斜面立地していた旧浮遊選鉱場は象徴的であった選鉱場頂上部の『帝産 大仁金山』と描かれ巨大な看板閉山後張られたともいわれ、良くも悪くも廃墟ファン引き付けていた。浮遊選鉱と(浮遊選鉱の際に排出される鉱滓資材とした)充填採掘法を採用していたのでズリはほとんど現存しておらず鉱物ファン少ないが、浮遊選鉱場の他にも手選場や変電所など鉱山施設数多く残っていたため、鉱山ファン来訪多かったようだ。 また、映画テレビドラマ特撮ものなど)のロケ地写真撮影恰好被写体として利用されることもしばしばあった。 浮遊選鉱場は、コンクリートでできた階段状の基礎の上木造トラス構造構築されていて、数千に及ぶガラス窓構築されていた。しかし、閉山後は特に保存策も講じられぬまま荒廃進み窓ガラスはほとんど割れ内部侵入者ゴミあふれていた。晩年には頂上部付近放火と見られる不審火発生した建物そのもの一部半焼であったが、大きな大仁鉱山看板は完全に焼け落ちてしまい無残な姿を晒したこうした事や跡地再開発思惑から、2001年頃に狩野川面する付近に存在する鉱山施設群は、閉鎖されヘルスセンターダイキャスト工場と共に解体された。 現在は山の斜面浮遊選鉱場のコンクリート基礎残されているのみとなっている。 なお、保存策がとられている旧鉱山選鉱場としては北海道イトムカ鉱山挙げられる。同選鉱場保存状態良好であり、留辺蘂町文化財指定されている。ただし現在も工場構内にあるため一般人見学不可能である(同鉱山の項を参照)。

※この「廃墟としての大仁鉱山」の解説は、「大仁鉱山」の解説の一部です。
「廃墟としての大仁鉱山」を含む「大仁鉱山」の記事については、「大仁鉱山」の概要を参照ください。

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