幹部補充方法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/11 08:50 UTC 版)
「護国軍 (韓国陸軍)」の記事における「幹部補充方法」の解説
編成は募兵制の原則に基づき、1948年12月初めに幹部募集が始まり、護国軍第1期募集は12月7日に開始された。主に募兵を始めた部隊は、第1連隊(ソウル、開城、議政府地区)、第11連隊(水原、仁川地区)、第12連隊(温陽地区)、第2連隊(大田、公州地区)、第3連隊(裡里、全州地区)、第6連隊(大邱、金泉地区)、第7連隊(清州、忠州地区)、第8連隊(春川、原州地区)、第10連隊(江陵地区)の9個連隊であった。 護国軍将校は21歳から60歳まで、下士官は満20歳から35歳、兵士は17歳から28歳までを対象とした。将校及び下士官の志願資格は、将校経験者、軍事知識と統率能力がある者、護国軍幹部になった場合生活に支障が無い者に限定し、幹部候補生志願者の合否は、編成担任連隊の連隊長が決定した。士兵志願資格は、過去に軍事教育を受けた者や青年団体で訓練を受けた者であった。志願者は、戶籍抄本と履歴書の他、地域有志の推薦書と警察署長の身元保証書が必要であり、現役志願者の提出書類とほぼ同じだった。 1949年2月24日、護国軍幹部訓練所を梨泰院に開設された。初代所長は申應均中領であった。4月1日に陸軍護国軍幹部学校、7月10日に陸軍護国軍士官学校と改称された。護国軍将校の任官は一般将校と同様に特別採用・普通採用で行われ、大隊長級以上は60歳、中隊長級は50歳、小隊長級は40歳の年齢に制限した。幹部候補生は各地域の現役連隊で6週間の訓練を受けて護国軍士官学校に入校して6週間の教育を修了した後、少尉に任官した。廃校されるまでに1082人の卒業生を輩出し、そのうち640人が現役将校に編入された。
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