尚武館道場とは? わかりやすく解説

尚武館道場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/05 02:51 UTC 版)

空也十番勝負」の記事における「尚武館道場」の解説

神保小路小梅村の2カ所に道場がある。 依田鐘四郎(よだ かねしろう) 尚武館道場で師範務めた音の兄弟子松平辰平まつだいら たっぺい筑前福岡藩士福岡藩では御番衆にして剣術指南役、尚武館道場では師範代務める。妻は箱崎屋次郎平末娘お杏重富利次郎(しげとみ としじろう) 豊後関前藩士。関前藩では御番衆にして剣術指南役、尚武館道場では師範代務める。 重富霧子(しげとみ きりこ) 元雑賀衆くノ一で利次郎の妻。自身と同じ紀伊姨捨の郷で生まれた空也の身を案じている。 田丸輝信(たまる てるのぶ) 尚武館道場の師範代。磐音の命で小梅村道場運営任されている。妻は竹村武左衛門長女早苗神原辰之助かんばら たつのすけ) 尚武館道場の師範代丹波園部藩江戸藩邸定府用人川原田重持の娘美祢婚約し川原田家へ婿入りすることになった小田平助(おだ へいすけ) 富田信正折れ使い手で尚武館道場の客分及び門番。尚武館道場の稽古一つ折れ指導に当たる。 向田源兵衛(むこうだ げんべえ) 間宮一刀流使い手で尚武館道場の客分小梅村道場運営任されている輝信を支えている。 松浦弥助まつうら やすけ) 元公御庭番衆吹上組に属した忍びで現在は磐音に仕えている。忍術では霧子師匠道場の手伝いもしている。 中川英次郎なかがわ えいじろう) 尚武館道場の門弟勘定奉行中川飛騨守忠英の次男向田源兵衛からの指導好んでいる。坂崎睦月恋心抱いている。 常村又次郎(つねむら またじろう肥後人吉藩士。御番頭にして肥後にある丸目道場門弟空也肥後滞在した際、ともに稽古励んだ空也肥後を去る際に重兼から拝領した大和波平預かり参勤上番江戸に入ると磐音に波平届けたその後正式に尚武館道場に入門し門弟となった

※この「尚武館道場」の解説は、「空也十番勝負」の解説の一部です。
「尚武館道場」を含む「空也十番勝負」の記事については、「空也十番勝負」の概要を参照ください。

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