小日向神社とは? わかりやすく解説

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小日向神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/15 01:24 UTC 版)

小日向神社

拝殿
所在地 東京都文京区小日向2-16-6[1]
位置 北緯35度42分39秒 東経139度44分06秒 / 北緯35.710873度 東経139.7348868度 / 35.710873; 139.7348868座標: 北緯35度42分39秒 東経139度44分06秒 / 北緯35.710873度 東経139.7348868度 / 35.710873; 139.7348868
主祭神 誉田別命建速須佐之男命
社格 村社[2]
創建 (合祀年)1869年(明治2年)[2]
別名 八幡様[1]
例祭 9月15日[2]
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小日向神社(こひなたじんじゃ、こびなたじんじゃ)は、東京都文京区小日向にある神社である。

祭神

誉田別命(誉田天皇)(ほんだわけのみこと(ほんだのすめらみこと))、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の2神を祀る。

由緒

氷川神社天慶3年(940年)春、常陸国国司であった平貞盛が当地を平定し、その奉賛として文京区水道2丁目付近にあった曹洞宗日輪寺(現在は文京区小日向1丁目に移転)の蓮華山に創建された後、太田道灌により再興され小日向の鎮守として栄えた。八幡神社貞観3年(860年)創建され、往時の名を「田中八幡」といい、現在の文京区音羽1丁目に鎮座していて、古くからこの地域の氏神さまとして里人に親しまれていた。明治2年(1869年)9月に両社が合祀され[2]、明治4年(1871年)小日向神社と改称された[注釈 1]。明治5年(1872年)11月に村社に列せられた。当社には有栖川宮・小松宮の掛軸や額等が収蔵されていたが、昭和20年(1945年)5月25日の空襲により焼失し、短刀二振のみが残ったという。戦後、昭和24年(1949年)に仮殿にて復興、昭和38年(1963年)には現在の本殿が再建された。 近隣には、妙足院清光院といった寺院が点在している。

総本社

境内社

  • 秋葉稲荷神社

氏神区域

東京都文京区

  • 水道一丁目
  • 水道二丁目
  • 小日向一丁目
  • 小日向二丁目
  • 小日向三丁目
  • 小日向四丁目
  • 関口一丁目

交通

脚注

脚注

  1. ^ 文京区ホームページは明治2年改称としている[1]

注釈

参考文献

小石川区役所「4.小日向神社」『小石川區史』1935年、811-813頁http://dl.lib.city.bunkyo.tokyo.jp/media_files/original/89.pdf?uid=202007072039502020年7月7日閲覧 

外部リンク

  • 小日向神社”. 文京区 (2014年12月19日). 2020年7月7日閲覧。



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