対馬丸1隻運航とは? わかりやすく解説

対馬丸1隻運航

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/16 16:09 UTC 版)

対馬丸 (連絡船・初代)」の記事における「対馬丸1隻運航」の解説

流氷のない季節対馬丸1隻で順調に隔日運航したが、1923年大正12年10月18日から11月9日までの函館船渠での検査工事に際しては、壱岐丸の助勤で隔日運航確保した当初の計画では、11月から3月までは“冬期運航”とし、稚内発が1日6日で9時発18時着、大泊発が3日8日10時19時着の上下便とも昼航9時間、月6往復運航予定であった。これに対し稚泊航路開設による往来客の盛況が、減便により急減し、これによる現地経済減速懸念した樺太側から夏期運航”期間延長陳情があり、初年度1923年大正12年)秋から“夏期運航”は1ヵ月延長され11月末までとなり、さらに“冬期運航”の昼航便は、12月1ヵ月に7.5往復1月から3月までは当初予定1ヵ月6往復となった。 この1923年大正12年)度の旅客輸送実績は69619名に達し同年度の運航回数254往復のため、平均片道274名となり、定員439名の対馬丸1隻では既に余裕のない状況であった青函航路では1924年大正13年5月21日待望車載客船翔鳳丸就航し旅客輸送力が増強されたため、壱岐丸同年7月1日から7月25日まで神戸製鋼所播磨造船工場対馬丸同様の砕氷船化工事を受け、7月25日付け稚泊航路転属し、7月28日就航した

※この「対馬丸1隻運航」の解説は、「対馬丸 (連絡船・初代)」の解説の一部です。
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