宮下直樹監督時代
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「パイオニアレッドウィングス」の記事における「宮下直樹監督時代」の解説
2010年6月1日に宮下直樹が新監督に就任し、佐藤浩明は再びコーチに就任。栗原が主将に就任し、ベテランの佐々木、成田が副主将に就任した。サマーリーグと千葉国体に若手主体で臨み、それぞれ準優勝、3位に入って若手育成の成果を出す。その流れで2010/11プレミアリーグに臨み、序盤戦は勢いに乗れず7位に低迷するも、中盤戦でフルセットのジュースまでもつれた試合で3勝するなど6位との差を縮める。しかし、終盤になると逆にフルセットで3連敗を喫し7位が決定する。入れ替え戦出場確定となったが、東日本大震災の影響でVリーグが途中で終了し、入れ替え戦も中止となったため、そのまま残留となった。2011年3月、東日本大震災の影響により、当面の活動を一時休止した。活動再開後は、山形県内避難者を対象にした大震災支援活動を行い、仙台市、気仙沼市への激励や支援活動も行なった。 同年6月、チーム態勢の見直しを行い、佐々木や栗原主将をはじめとする戦力外選手や退団希望選手7名がチームを去ることになった。2011年6月に新体制が発表され、一挙に若返ってメンバーも一新した2011/12プレミアリーグでは、序盤こそ苦戦したが、中盤以降はフルセットで3連勝するなど健闘し、入れ替え戦回避の6位でシーズンを締めくくった。なお、同シーズンで森谷史佳が新人賞に輝いた。しかし、2012/13V・プレミアリーグでは、開幕から5試合連続のフルセット負けを喫する。結局開幕10連敗と苦しいシーズンとなり、5勝23敗の最下位でV・チャレンジマッチ出場となる。V・チャレンジマッチで上尾メディックスに連勝し残留を果たした。5月の黒鷲旗が終わった後、健康上の理由により宮下監督の退任が発表された。後任は戸澤勉コーチが昇任。また、宮下監督就任以来3年間チームを支えてきたシャイーヌ・スタエレンスが現役を引退した。
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