定慧とは? わかりやすく解説

じょう‐え〔ヂヤウヱ〕【定×慧】

読み方:じょうえ

互いにかかわり合って仏道成就させる関係にある、禅定智慧


定慧

読み方:じょうえ

  1. 真言宗にて男女のことをいふ。定は女性で慧は男性のことをいふのである。又男女のことを理智ともいふ。〔僧侶語〕
  2. 真言宗にて男女のことをいふ。定は女性で慧は男性のことをいふのである。又男女のことを理智ともいふ。
  3. 真言宗男女のことをいう。定は女性で慧は男性のことをいうのである。又男女のことを理智ともいう。〔僧侶

分類 僧侶僧侶語/真言宗

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定恵

(定慧 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/14 18:22 UTC 版)

定恵(じょうえ / じょうけい、旧字体定惠皇極天皇2年(643年)- 天智天皇4年12月23日666年2月2日))は、飛鳥時代の学僧。定慧貞恵とも書かれる。父は中臣鎌足(藤原鎌足)。出家前の俗名は「中臣 真人(なかとみ の まひと)」、弟に藤原不比等がいる。


注釈

  1. ^ 元亨釈書』では没年を和銅7年(714年)とする。
  2. ^ 当時、後に鎌足の後継者になった不比等はまだ誕生しておらず、定恵は鎌足の一人息子であった。

出典

  1. ^ 日本書紀』巻二五白雉四年五月壬戌十二日条「四年夏五月辛亥朔壬戌。発遣大唐大使小山上吉士長丹。副使小乙上吉士駒。駒。更名糸。学問僧道厳。道通。道光。恵施。覚勝。弁正。恵照。僧忍。知聡。道昭。定恵。定恵。内大臣之長子也。安達。安達。中臣渠毎連之子。道観。道観。春日粟田臣百済之子。学生巨勢臣薬。薬豊足臣之子。氷連老人。老人。真玉之子。或本、以学問僧知。弁・義徳、学生坂合部連磐積而増焉、幷一百廿一人、俱乗一船。以室原首御田為送使。」。
  2. ^ 『藤氏家伝』貞慧伝「故以白鳳五年(四年の誤り)歳次甲寅、随聘唐使到于長安、住懐徳坊慧日道場」。
  3. ^ 『釈氏稽古略』「玄奘三蔵法師伝」
  4. ^ 『日本書紀』巻二五白雉五年二月条「定恵以乙丑年付劉徳高等船帰」。
  5. ^ 遠藤慶太「入唐僧貞恵と藤原鎌足」(初出:篠川賢・増尾伸一郎 編『藤氏家伝を読む』(吉川弘文館、2010年)/所収:遠藤『日本書紀の形成と諸資料』(塙書房、2015年)
  6. ^ 角田文衞「不比等の娘たち」所収:『平安人物志 上』法蔵館文庫、2020年


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