大谷口上町住宅改良計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 07:41 UTC 版)
「大谷口上町」の記事における「大谷口上町住宅改良計画」の解説
かつて千川上水の漏水を水源とする溜池が板橋病院南西側にあった。戦争後復員してきた人が溜池を埋め立て、戦後の混乱期(おおむね昭和28年頃までとされている)で水道設備も十分普及していない状況の中、ため池の水源で代用するような狭い一帯に多くの住居が乱立した。道路付けも認められず、おおよそ150戸の住宅は人一人が通行できる程度の狭い通路で連絡されていた。当然緊急車両の進入は不可能である。この状態のまま50年以上建物が存立し、当初は法律上の原因なく土地に住み始めた入居者も、時効により権利を取得完了していた。 建物の修理すら工作車両が乗入れられず困難であり、防災上また防犯上非常に問題を抱える地域であったことから、平成17年頃に漸く地元板橋区・東京都・国土交通省が改善にのり出した。板橋区は住宅地区改良法により国の協力を得て、旧来の住宅を整理解体し新たな集合住宅を日本大学医学部付属看護専門学校付近に建設した。東京都は中野通りの拡張工事に伴い周辺の狭小住宅を補償しながら整理している。地形が窪地で特徴的であり、都心に比較的近い条件ながら最近まで古い住宅が残存していたことに都市計画・住居形成上多くの関心を惹いており、各インターネットサイトや論考上引用されている。
※この「大谷口上町住宅改良計画」の解説は、「大谷口上町」の解説の一部です。
「大谷口上町住宅改良計画」を含む「大谷口上町」の記事については、「大谷口上町」の概要を参照ください。
- 大谷口上町住宅改良計画のページへのリンク