多賀町 (茨城県)とは? わかりやすく解説

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多賀町 (茨城県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/06 21:55 UTC 版)

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たがちょう
多賀町
廃止日 1955年2月15日
廃止理由 編入
多賀町日高村久慈町坂本村東小沢村中里村日立市
現在の自治体 日立市
廃止時点のデータ
日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
多賀郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 40,437
1954年
隣接自治体 久慈町、坂本村、世矢村河内村、日立市、常陸太田市
多賀町役場
所在地 茨城県多賀郡多賀町
座標 北緯36度33分18秒 東経140度37分42秒 / 北緯36.55494度 東経140.62822度 / 36.55494; 140.62822 (多賀町)座標: 北緯36度33分18秒 東経140度37分42秒 / 北緯36.55494度 東経140.62822度 / 36.55494; 140.62822 (多賀町)
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多賀町(たがちょう[1])は、茨城県多賀郡にかつて存在した町である。

地理

現在の日立市のうち、常陸多賀駅(旧名:下孫駅)周辺に相当する。1941年には坂上村大甕駅周辺)を編入した。旧多賀郡の中では最南端に位置し、太平洋に面する河原子から大甕一帯の海岸は平野となっているものの、大部分は多賀山地の一部で山がちな地形となっているばかりか、河原子以北は海岸近くまで台地が迫り出し断崖絶壁となっている。

歴史

年表

行政区域変遷

  • 変遷の年表
  • 変遷表

大字

  • 大久保(おおくぼ)
  • 大沼(おおぬま)
  • 金沢(かねさわ)
  • 河原子(かわらご)
  • 下孫(しもまご)
  • 諏訪(すわ)
  • 成沢(なるさわ)
  • 水木(みずき)
  • 森山(もりやま)
  • 油縄子(ゆなご)

人口・世帯

※1946年以前は旧坂上村を含まず。

人口

総数 [単位: 人]

1939年(昭和14年) 12,367
1950年(昭和25年) 36,913
1954年(昭和29年) 40,437


世帯

総数 [単位: 世帯]

1914年(大正14年) 2,379
1950年(昭和25年) 7,323
1954年(昭和29年) 8,050


交通

鉄道

道路

その他

茨城県の自治体では「町」を「まち」と読むのが標準的であるが、当町は例外的に「ちょう」と読んでいた。

脚注

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注釈・出典

  1. ^ 地名情報資料室 編『市町村名変遷辞典』
  2. ^ 日立市史編さん委員会編『日立市史』、日立市、1959年より
  3. ^ 日立市史編さん委員会編『新修日立市史』、日立市、1994年より
  4. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809より

関連項目



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