和田純
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/01 04:21 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動和田 純(わだ じゅん、1876年(明治9年)5月2日[1] - 没年不詳)は、日本の判事、内務官僚、朝鮮総督府官僚。弁護士。
経歴
東京府東京市に津田仙の子として生まれ、和田謙吉の養子となった[1][2]。1902年(明治35年)、早稲田大学邦語行政科を卒業[1]。司法官試補、平壌控訴院判事、海州地方法院部長を務めた[1]。その後、高知県警察部長、和歌山県警察部長、愛媛県内務部長、新潟県内務部長、慶尚南道知事を歴任した[1]。
1928年(昭和3年)に退官した後は弁護士を開業し、海軍協会常務理事を務めた[1][2]。
親族
脚注
参考文献
- 早稲田大学紳士録刊行会編『早稲田大学紳士録』早稲田大学紳士録刊行会、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版(下)』人事興信所、1939年。
和田純(わだ じゅん)
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「デカワンコ」の記事における「和田純(わだ じゅん)」の解説
大柄で強面な風貌を少々気にする人情家な刑事。子供好きだが、前述した風貌故に怖がられる事が多い為、怖がられずに接されると、人情家な部分が手伝ってとことんのめり込んでいってしまう。亜美という美人な妻がおり、一子と桐島が初めて亜美を見たとき、非常に驚いて「これは何らかの詐欺」とまで言われてしまう。愛妻家である為、妻が疑われる事を知ると相手に露骨に嫌な態度を取ったり、ツーショットの場面をプリントしたシャツを寝間着にしていたりと溺愛ぶりは凄まじく、バカップルの様である。柔道の全国大会優勝の経歴を持ち、背中を樽で打ちながらも、格闘に長ける桐島を抑え、樋熊に一本取った「樋熊殺し」を打ち負かす等、荒事ならば6班の中で特に強い。
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