信仰の弾圧と再興
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 01:03 UTC 版)
19世紀末にすべてのインディアン部族が居留地(Reservation)に閉じ込められると同時に、アメリカ連邦政府は「インディアン寄宿学校」でインディアンの文化を根こそぎ奪った。1881年には、インディアンの宗教が非合法化された(これはアメリカの憲法に違反している)。儀式の話をしただけで、彼らは白人に逮捕された。インディアン部族代表団の粘り強い交渉で、ようやく1940年代になってフランクリン・ルーズベルトが「自虐行為以外」の宗教を合法化したが、「ピアッシングの儀式」(下項参照)などの苦行はなお弾圧禁止された。 1968年代にオジブワ族の若者たちによって結成された「アメリカインディアン運動(AIM)」は、強い民族回帰を前面に打ち出した。かれらは同化政策で失われたインディアンの宗教儀式の復活を目標に掲げ、スー族の呪い師(メディスンマン)に協力を求めた。当時、スー族にはレイムディアーやマシュー・キング、ヘンリー・クロウドッグなどの長老、ヘンリーの息子のレオナルド・クロウドッグなど、スー族の伝統を固持し続けた伝統派が多数いた。彼らはAIMの若者たちに「スウェット・ロッジ」、「サンダンスの儀式」を教えた。やがて全米に広がった「レッド・パワー運動(Red Power movement)」は、各地のインディアンたちに信仰を復活させ、スー族の「サンダンスの儀式」は全米規模の儀式となった。
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