ヨードアメーバとは? わかりやすく解説

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ヨードアメーバ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/03 08:25 UTC 版)

ヨードアメーバ
1. アメーバ細胞 (1–5)、シスト (6–10)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: アメーボゾア門 Amoebozoa
亜門 : コノーサ亜門 Conosa
: アーケアメーバ綱 Archamoebea
: ペロミクサ目 Pelobiontida
: マスチゴアメーバ科 Mastigamoebidae
: ヨードアメーバ属[1] Iodamoeba
: ヨードアメーバ I. buetschlii
学名
Iodamoeba buetschlii (Prowazek, 1912[2]) Dobell, 1919[3]
シノニム
和名
ヨードアメーバ[4][9]

ヨードアメーバ学名: Iodamoeba buetschlii, Iodamoeba bütschlii)は、アーケアメーバ綱ペロミクサ目マスチゴアメーバ科に分類される嫌気性アメーバの1種である。ヒトなどの大腸内に生育するが、病原性は示さない。アメーバ細胞(栄養体、トロフォゾイト)は幅広い仮足を形成し、ゆっくりと運動、細菌などを捕食する(図1)。は1個、大きく明瞭な核小体が中央に位置する(図1)。典型的なミトコンドリアを欠く。耐久細胞であるシスト(嚢子)はやや不定形、ヨウ素で染色される大きなグリコーゲン塊をもつ(図1)。ヨードアメーバの属名である IodamoebaIod- は、「ヨウ素 (Iodium)」 を意味する[10]

形態

アメーバ細胞(栄養体、トロフォゾイト trophozoite)は直径 6–25 µm(ふつう 9–14 µm)ほどであるが、連続的な滑走時には 10–40 µm になる[11][4][12][8]仮足(偽足)は透明な鈍円形、ゆっくりとした噴出状に形成される[11][8]。外質と内質の区分は不明瞭[11]ウロイドを欠く[11]

は1個、球形、大型で明瞭な核小体(直径2–3.5 µm)が中央に位置する[5][11][12][8]リボソームRNA遺伝子が、おそらくゲノム内多型を示す[10]。典型的なミトコンドリアを欠くが、これに由来すると考えられる構造(MRO, mitochondrion-related organelle) をもつ[13]細菌などを含む食胞が形成されるが、宿主の赤血球を含む食胞は見られない[4][12]。収縮胞や結晶状顆粒は存在しない[11]

2a. アメーバ細胞(染色試料)
2b. シスト(染色試料)

シスト(嚢子、cyst)はやや不規則な形状で、直径 5-18 µm[4][12]。シストは細胞壁で囲まれ、はふつう1個、核小体は核膜に接して遍在することが多い[5][4][12][8]ヨウ素溶液によって染色される大きなグリコーゲン塊がふつう1個、ときに2個存在する[4][12]

生活環

シスト(嚢子)が経口感染し(図3②)、宿主の小腸[注 1]で脱シストしてアメーバ細胞(栄養体、トロフォゾイト)が生じる[14][15](図3③)。アメーバ細胞は大腸に定着し、二分裂によって増殖する[4][14][15]。大腸下部でシストを形成し、糞便と共に排出される[4][14](図3①)。栄養体も排出されるが、栄養体は外界ではすぐに死滅する[14]

3. ヨードアメーバ(黄色枠)の生活環: シストが経口感染し(②)、小腸で脱シスト(③)、大腸(オレンジ色)で増殖する。シストや栄養体は糞便と共に排出される(①)。

宿主

ヨードアメーバの宿主は基本的にヒトであるが、他の霊長類からも見つかっている。チンパンジーゴリラオマキザルなどから報告されており[10]、また日本において実験動物とされていたアカゲザルで58.3%、ニホンザルで42.9%の感染率が報告されている(1978年)[16]ロバブタヒトコブラクダダマジカヤギからも見つかっており、さらにウシやヒツジにも共生する可能性がある[10]。ただし、分子系統学的研究からヨードアメーバ属内には系統的多様性が存在し、ヒトに共生するものとブタ、ヒトコブラクダ、ダマジカ、ヤギなどに共生するものは遺伝的に異なることが示されている[10]下記参照)。

人間との関わり

ヨードアメーバはヒトの大腸内に生育するが、組織内には侵入せず病原性は示さず、その関係は片利共生であると考えられている[5][10][14][15]。感染率は一般的に0.1%から2.0%程度であるが、熱帯域では高く、ボリビアでは7.5%から16%であったことが報告されている(1988年時点)[10]

系統と分類

分類史

ヨードアメーバが初めて分類学的に扱われたのは Prowazek (1911) によってであり、サバイイ島で得られた標本を基に Entamoeba williamsi が記載された[6]。ただし、この標本にはヨードアメーバと大腸アメーバ(Entamoeba coli)が混在していた[17]。Prowazek は、翌1912年にサイパン島の子供由来の標本を基に、Entamoeba buetschlii を記載した[2]。これらの経緯は、ヨードアメーバの学名に混乱をもたらした(下記参照)。

Wenyon (1915) はヨウ素で染色される特徴的なシストを報告し、これを "iodine cyst" と呼んだ[8][18]。その後、Brug (1919)[7]Dobell (1919)[3] は独立に、このシストが Prowazek が報告したアメーバ(上記)によって形成されたものである可能性が高いことを指摘した[8]。さらに Dobell (1919) は、このアメーバに対して新属 Iodamoeba を提唱した[8]。また、"Pseudolimax" の仮称が用いられたこともあるが、この名は正式に記載されたものではない[5][8]

Prowazek (1911) が記載の基とした標本には、ヨードアメーバと大腸アメーバが混在していたため、このとき命名された Entamoeba williamsi がどちらの生物を指しているのかが問題となる。大腸アメーバを指しているのであれば、この学名は大腸アメーバのシノニムとなり、したがって翌年に命名された Entamoeba buetschlii に由来する Iodamoeba buetschlii がヨードアメーバの学名となる[5][8]。逆に Entamoeba williamsi がヨードアメーバを指しているのであれば、先に命名されたこの種名に由来する Iodamoeba williamsi がヨードアメーバの学名となる[5][8]。1920年代にはどちらにすべきについて論争となり、イギリスの学者は前者、アメリカ合衆国の学者は後者の立場が多かった[8]。その後は、ヨードアメーバの学名としては Iodamoeba buetschlii (Iodamoeba bütschlii) が一般的となっている[5][11][4][12][14][10]Iodamoeba buetschlii は、ヨードアメーバ属のタイプ種(模式種)とされる[5]

高次分類

古典的には、ヨードアメーバは肉質虫亜門葉状仮足綱無殻アメーバ亜綱アメーバ目管形亜目エントアメーバ科などに分類されていた[19][20]。エントアメーバ科には、ヨードアメーバ属の他にエントアメーバ属(Entamoeba)やエンドリマックス属(Endolimax)など動物の腸管内に生育する嫌気性アメーバ類が分類されていた[21]

分子系統学的研究が行われるようになると、エントアメーバ科に分類されていた嫌気性アメーバ類はアメーバ属ツブリネア綱)などとはやや系統的に異なることが示され、マスチゴアメーバ属(Mastigamoeba)やペロミクサ属Pelomyxa)とともにアーケアメーバ綱に分類されるようになった[22]。またアーケアメーバ綱内において、ヨードアメーバ属やエンドリマックス属はエントアメーバ属よりもマスチゴアメーバ属に近縁であることが示されたため、エントアメーバ科からは除かれ、マスチゴアメーバ科に移された[22][23]。ヨードアメーバ属の姉妹群はエンドリマックス属であることが示されている[22][23]

系統的多様性

リボソームRNA遺伝子を用いた分子系統学的研究から、ヨードアメーバ属には2つのグループ(RL1, RL2)が存在すること、さらに前者は2つ (RL1a, RL1b)、後者は3つ (RL2a, RL2b, RL2c) のサブグループからなることが報告されている[10]。これらのグループ、サブグループは別種に相当する可能性がある[10]。これらの系統群はある程度の宿主特異性を示し、ヒトから得られた配列はほぼ全てRL1に属することが報告されている[10]。一方で、ブタヤギダマジカヒトコブラクダから得られた配列は全てRL2に属していた[10]

ブタから得られた標本を基に記載された種として、Iodamoeba suis O'Connor, 1920 がある[5]。また、カニクイザル から得られて Endolimax kueneni Brug, 1920 として記載されたは、ヨードアメーバ属に移すことが提唱されている(Iodamoeba kueneni (Brug, 1920) Wenyon, 1926[5]。これらの種について、DNAを用いた検討はなされていない[10]

脚注

注釈

  1. ^ 大腸としている記述もある[4]

出典

  1. ^ 和英医学用語大辞典 第3巻. 日外アソシエーツ. (1990). p. 3876. ISBN 978-4-8169-0915-3 
  2. ^ a b c von Prowazek, S. (1912). “Weiterer Beitrag zur Kenntnis der Entamöben”. Arch. Protistenk. 26 (2): 241-247. 
  3. ^ a b Dobell, C. (1919). “Genus Iodamoeba Nov. Gen.”. The amoebae living in man. p. 110-121. https://biodiversitylibrary.org/page/10753778 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n 高田季久 (1981). “Iodamoeba buetschlii”. In 猪木正三. 原生動物図鑑. 講談社. p. 375. ISBN 978-4061394049 
  5. ^ a b c d e f g h i j k l 宮田彬 (1979). “Iodamoeba”. 寄生原生動物: その分類・生態・進化. 寄生原生動物刊行会. pp. 641–645. ASIN B000J6U08M 
  6. ^ a b von Prowazek, S. (1911). “Beitrag zur Entamoeba-Frage”. Arch. Protistenk. 20: 345-350. 
  7. ^ a b Brug, S.L. (1919). “Endolimax Williamsi: the amoeboid form of the iodine-cysts” (pdf). Ind. J. Med. Res. 6: 386-392. http://www.ijmr.in/CurrentTopicView.aspx?year=Indian+J+Med+Res%2cVol.6%2c+January+1919+pp+386-392%24Original+Article. 
  8. ^ a b c d e f g h i j k l Taliaferro, W.H. & Becker, E.R. (1922). “The human intestinal amoeba, Iodamoeba williamsi, and its cysts (iodine cysts)”. American Journal of Epidemiology 2 (2): 188-207. doi:10.1093/oxfordjournals.aje.a118533. https://archive.org/details/americanjournalo02john/page/188. 
  9. ^ 新寄生虫和名表”. 日本寄生虫学会 (2018年3月). 2025年7月21日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m Guilane, A., Zouaoui, M. A., Trelis, M., Boutellis, A. & Stensvold, C. R. (2024). “On the host specificity and genetic diversity of Iodamoeba bütschlii: Observations from short amplicon-based next-generation sequencing”. Protist 175 (5): 126058. doi:10.1016/j.protis.2024.126058. 
  11. ^ a b c d e f g Patterson, D. J., Simpson, A. D. & Rogerson, A. (2005). “Iodamoeba”. In Lee, J. J. et al.. An Illustrated Guide To The Protozoa. Blackwell Pub. p. 815. ISBN 978-1891276231 
  12. ^ a b c d e f g 石井圭一 (1999). “ヨードアメーバ”. アメーバ図鑑. 金原出版. p. 165. ISBN 978-4307030496 
  13. ^ Stairs, C. W., Leger, M. M., & Roger, A. J. (2015). “Diversity and origins of anaerobic metabolism in mitochondria and related organelles”. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 370 (1678): 20140326. doi:10.1098/rstb.2014.0326. 
  14. ^ a b c d e f Intestinal (Non-Pathogenic) Amebae”. U.S. Centers for Disease Control and Prevention (2019年10月29日). 2025年7月25日閲覧。
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  16. ^ 小山力, 熊田三由, 児玉邦子, 斎藤玲子, 志賀正男, 宮尾陽子 & 池原知子 (1978). “実験動物としてのアカゲザルとニホンザルに見出された寄生性アメーバ”. 原生動物学雑誌 11 (1): 13–14. 
  17. ^ Brug, S.L. (1921). “Die Jodzysten”. Archiv für Schiffs- und Tropen-Hygiene 25: 47-58. https://archive.org/details/archivfurschiffs2519unse/page/n71. 
  18. ^ Wenyon, C.M (1915). “Observations on the Common Intestinal Protozoa of Man: Their Diagnosis and Pathogenicity” (pdf). J. R. Army Med. Corps 25 (6): 600-632. doi:10.1136/jramc-25-06-02. https://jramc.bmj.com/content/jramc/25/6/600.full.pdf. 
  19. ^ 猪木正三 監修 編『原生動物図鑑』講談社、1981年、357-380頁。 ISBN 4-06-139404-5 
  20. ^ Bovee, Eugene C. (1985). “Class Lobosea Carpenter, 1861”. In Lee, J.J., Hutner, S.H., Bovee, E.C. (eds.). An Illustrated Guide to the Protozoa. Lawrence: Society of Protozoologists. pp. 158-211. ISBN 0-935868-13-5 
  21. ^ 石井圭一 (1999). “エントアメーバ科”. アメーバ図鑑. 金原出版. p. 161. ISBN 978-4307030496 
  22. ^ a b c Pánek, T., Zadrobílková, E., Walker, G., Brown, M. W., Gentekaki, E., Hroudová, M., ... & Čepička, I. (2016). “First multigene analysis of Archamoebae (Amoebozoa: Conosa) robustly reveals its phylogeny and shows that Entamoebidae represents a deep lineage of the group”. Mol. Phylogenet. Evol. 98: 41-51. doi:10.1016/j.ympev.2016.01.011. 
  23. ^ a b Ptáčková, E., Kostygov, A. Y., Chistyakova, L. V., Falteisek, L., Frolov, A. O., Patterson, D. J., ... & Cepicka, I. (2013). “Evolution of Archamoebae: Morphological and molecular evidence for pelobionts including Rhizomastix, Entamoeba, Iodamoeba, and Endolimax”. Protist 164 (3): 380-410. doi:10.1016/j.protis.2012.11.005. 

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