ベネラ3号〜6号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/29 02:20 UTC 版)
ベネラ3号から6号までの計画は似通ったもので、惑星間軌道に対し約1トンの打ち上げ能力を持つモルニヤロケットによって打ち上げられた。それらは共通の軌道船である「バス」を持ち、それに取り付けられた球形カプセルの中には大気観測用の器機を積んだ探査機も積まれていた。探査機は大気観測のために金星の大気中に投入されたものの、着陸のために必要な器機は殆ど装備されていなかった。それでもそれらは地表到達後も動作し続ける事が期待されていた。だが最初の探査機は金星に降下後すぐにデーター送信が途絶え、その試みは失敗に終わった。 1966年3月1日に金星地表に到達したベネラ3号は地球外の惑星の表面に影響を与えた最初の人工物となった。但し、宇宙船の降下モジュールが大気圏突入に失敗したので、金星の大気圏からのデータは送られて来なかった。 1967年10月には、ベネラ4号は地球外の惑星の大気を測定した最初の宇宙船になった。ソビエトは最初、探査機が完全に地上に到達したと主張したが、その翌日アメリカのマリナー5号が金星の大気圧が75から100気圧はあることを明らかにすると、探査機の船体は25気圧以上まで耐えられるようになっていたとはいえ、その主張は撤回された。 ベネラ5号とベネラ6号は大気圏観測用の探査機として打ち上げられたものの、探査機は地面に到達する前に大気の圧力により破壊された。これらの探査機は大気圏に突入する前にペイロードの半分近くを放棄するように設計されていた。5号と6号は破壊されるまでの間、それぞれ53分と51分間のデータを記録し送信した。
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