ブルターニュの風土
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/21 16:56 UTC 版)
「マックス・ジャコブ」の記事における「ブルターニュの風土」の解説
1909年頃から故郷のカンペールとパリを行き来しながら制作を続けた。カンペールでは、同地の風土を描いた画家でマックス・ジャコブの肖像(カンペール美術館蔵)も何枚か描いているピエール・ド・ブレ(フランス語版)や、同様にカンペールに関する著書で知られる作家ピエール・アリエ(Pierre Allier) と親しく、俳優ノエル・ロクヴェール(フランス語版)の家族がカンペールで結成した劇団・サーカス「ベネヴァン」の演目を紹介する記事を発表するなど、地元での文化活動にも貢献した。また、1911年にはブルターニュを歌った詩集『海岸 ― ブルターニュの歌』を発表し、晩年にピエール・アリエに勧められて書いた「ブルターニュ風の」『ゲール人モルヴァンの詩集』は、ブルターニュの地を愛し、同地に隠棲したサン=ポル=ルーに絶賛された。 1911年から1914年にかけて聖マトレルまたは修道士マトレルを主人公とする作品を発表した。小説『聖マトレル』、詩集『バルセロナ修道院で死んだ修道士マトレルの滑稽で神秘的な作品』、戯曲『エルサレム攻囲戦 ― 聖マトレルの大いなる神の誘惑』の三部作である。いずれもカーンワイラーが出版し、『エルサレム攻囲戦』はピカソによる挿絵入りである。無意識や夢、幻覚などの精神世界を描くこれらの作品はダダイスムやシュルレアリスムの先駆けであり、マックス・ジャコブの場合はケルトのドルイド信仰に近い神秘思想が特徴である。
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