ビラジカルとは? わかりやすく解説

非ケクレ分子

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非ケクレ分子の例。 (a) ポリエン (b) キノジメタン (c) 多環式芳香族

非ケクレ分子(ひケクレぶんし)とは、古典的なケクレ構造に分類できない共役炭化水素をいう。

非ケクレ分子は、化学式上のラジカル中心を二つもしくはそれ以上の数もつため、それらのスピン-スピン相互作用により電気伝導性や強磁性を示すことがあり、機能性材料への応用が期待されている。しかし、これらの分子は非常に反応性が高く、ほとんどの分子は室温でも容易に分解または重合してしまうため、実用に際しては安定化のための戦略が必要である。これらの高反応性分子の合成や観測は、主にマトリックス分離法を用いて行なわれる。

ビラジカル

最も単純な非ケクレ分子はビラジカル(Biradical)である。ビラジカルは二つの「独立に」ふるまうフリーラジカルを持つような偶数電子化合物である。 より一般的な化学種であるジラジカルとは異なる[1]

最も初期のビラジカルの合成の一つは1915年シュレンクによるもので、ゴンバーグ英語版によるトリフェニルメチルラジカル英語版の合成と同じ手法により行なわれた。 いわゆるシュレンクの炭化水素は以下のような分子である[2]

ユージン・ミュラーは、グーイの磁気天秤を用いて、これらの化合物がスピン三重項の基底状態をもち、常磁性を示すことを初めて明らかにした。

初期のビラジカル合成としては、他にも1907年チチバビンによるもの[3][4]があげられる。1960年のヤンによる合成[5]1962年のコッピンガーによるもの[6][7][8]も先駆的なものとして挙げられる。

チチバビンのビラジカル (1907) ヤンのビラジカル (1960) コッピンガーのビラジカル (1962)

トリメチレンメタン

よく研究されているビラジカルとして、トリメチレンメタン英語版 (TMM), C4H6 が挙げられる。 1966年、 ポール・ダウドは電子スピン共鳴によりこの化合物もスピン三重項状態にあることを示した。結晶性のホスト中においてはTMMの6つの水素は同等である。

キノジメタンとPAH

メチレン基で置換された六員環をもつビラジカロイドキノジメタンも非ケクレ分子である。

非ケクレ多環芳香族炭化水素はいくつかの縮合した六員環を持つ。この化合物群の最も単純な例はトリアンギュレンである。1953年クラーが失敗したのち、1995年にリチャード・J・ブッシュビーによりトリオキシトリアンギュレン、2001年には中筋一弘により速度論的に安定なトリアンギュレンが合成されている。関連するビラジカルとして、 パラベンザインが挙げられる。

他にも、プレアデン[9]、拡張ビオロゲン英語版[10][11]コランニュレン[12]、ニトロニルニトロキシド[13]、 ビスフェナレニル[14]、テランセン[15][16]の誘導体ビラジカルが研究されている。

テランセンビラジカル Singlet. max. 3 stabilizing Clar sextets英語版, stable rt, air. 50% biradical, molecular section of graphene[訳語疑問点]

ビスフェナレニルビラジカル Singlet. max. 6 stabilizing Clar sextets, stable rt, air. 42% biradical [訳語疑問点]

オキシアリル

オキシアリルジラジカル (OXA) は、トリメチレンメタン英語版分子のメチレン基を一つ酸素で置換したものである。この化学種は、シクロプロパノンや酸化アレンの開環反応やファヴォルスキー転位反応中間体として現われる。この中間体は酸素ラジカルアニオンとアセトンの反応にも現われ、光電子分光により研究されている[17]。OXA の実験的電子親和力は 1.94 eV である。

分類

non-disjoint型(上)と disjoint型(下)の非ケクレ分子のNBMO

化学式上のラジカル中心を二つ持つ非ケクレ分子(非ケクレジラジカル)は、二つの非結合分子軌道 (NBMO) の形によりnon-disjoint型とdisjoint型に分類される。

トリメチレンメタンなどのnon-disjoint型のNBMOは両方の軌道が同じ原子上に電子密度をもつ。 フント則によれば、クーロン斥力により同じ軌道は二つの電子で占有されず、それぞれの軌道が平行スピンを持つひとつずつの電子により占有される。よって、non-disjoint型NBMOを持つ分子は三重項基底状態をとることが予想される。

対照的に、テトラメチレンエタンなどのdisjoint型分子のNBMOは同じ原子上に電子密度を持たない。このような分子はクーロン斥力による不安定化の度合いがnon-disjoint型分子に比べて小さく、このため比較的安定な一重項基底状態をもち、三重項基底状態とほとんど同じ安定性となるか、交換相互作用のためにむしろ安定性が逆転する場合もある。

出典

[脚注の使い方]
  1. ^ IUPAC Gold Book: biradicaldiradicals の項を参照。
  2. ^ Robert A. Moss; Matthew S. Platz; Maitland Jones, Jr, ed (2003). Reactive Intermediate Chemistry. Wiley-Interscience. ISBN 978-0-471-23324-4 
  3. ^ Tschitschibabin, A. E. (1907). “Über einige phenylierte Derivate des p, p-Ditolyls.” (ドイツ語). Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft (Weinheim: WILEY-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA) 40 (2): 1810–1819. doi:10.1002/cber.19070400282. 
  4. ^ Montgomery, Lawrence K.; Huffman, John C.; Jurczak, Edward A.; Grendze, Martin P., Jr. (1986). “The molecular structures of Thiele's and Chichibabin's hydrocarbons”. Journal of the American Chemical Society (ACS) 108 (19): 6004–6011. doi:10.1021/ja00279a056. 
  5. ^ Yang, N. C.; Castro, A. J. (1960). “SYNTHESIS OF A STABLE BIRADICAL”. Journal of the American Chemical Society (ACS) 82 (23): 6208–6208. doi:10.1021/ja01508a067. 
  6. ^ Coppinger, G. M. (1962). “A stable phenoxy radical inert to oxygen”. Tetrahedron (Elsevier Ltd.) 18 (1): 61-65. doi:10.1016/0040-4020(62)80024-6. 
  7. ^ Coppinger, G. M. (1964). “Inhibition Reactions of Hindered Phenols”. Journal of the American Chemical Society (ACS) 86 (20): 4385–4388. doi:10.1021/ja01074a032. 
  8. ^ Baumgarten. “chapter 12: High spin molecules directed towards molecular magnets”. In Lund, Anders; Shiotani, Masaru, Martin. EPR of free radicals in solids, Trends in methods and application. Springer. ISBN 978-94-007-4886-6 
  9. ^ Kolc, Jaroslav.; Michl, Josef. (1973). “π,π-Biradicaloid hydrocarbons. Pleiadene family. I. Photochemical preparation from cyclobutene precursors”. Journal of the American Chemical Society (ACS) 95 (22): 7391–7401. doi:10.1021/ja00803a030. 
  10. ^ Porter, William W., III; Vaid, Thomas P.; Rheingold, Arnold L. (2005). “Synthesis and characterization of a highly reducing neutral “extended viologen” and the isostructural hydrocarbon 4,4''''-di-n-octyl-p-quaterphenyl”. Journal of the American Chemical Society (ACS) 127 (47): 16559–16566. doi:10.1021/ja053084q. 
  11. ^ Casado, Juan; Patchkovskii, Serguei; Zgierski, MarekZ.; Hermosilla, Laura; Sieiro, Carlos; MorenoOliva, María; LópezNavarrete, JuanT. (2008). “Raman Detection of “Ambiguous” Conjugated Biradicals: Rapid Thermal Singlet-to-Triplet Intersystem Crossing in an Extended Viologen”. Angewandte Chemie International Edition (WILEY-VCH Verlag) 47: 1443--1446. doi:10.1002/anie.200704398. ISSN 1521-3773. 
  12. ^ Ueda, Akira; Nishida, Shinsuke; Fukui, Kozo; Ise, Tomoaki; Shiomi, Daisuke; Sato, Kazunobu; Takui, Takeji; Nakasuji, Kazuhiro et al. (2010). “Three-Dimensional Intramolecular Exchange Interaction in a Curved and Nonalternant π-Conjugated System: Corannulene with Two Phenoxyl Radicals”. Angewandte Chemie International Edition (WILEY-VCH Verlag) 49: 1678-1682. doi:10.1002/anie.200906666. ISSN 1521-3773. 
  13. ^ Ziessel, Raymond; Stroh, Christophe; Heise, Henrike; Köhler, Frank H.; Turek, Philippe; Claiser, Nicolas; Souhassou, Mohamed; Lecomte, Claude (2004). “Strong Exchange Interactions between Two Radicals Attached to Nonaromatic Spacers Deduced from Magnetic, EPR, NMR, and Electron Density Measurements”. Journal of the American Chemical Society 126: 12604-12613. doi:10.1021/ja0305959. 
  14. ^ Kubo, Takashi; Shimizu, Akihiro; Uruichi, Mikio; Yakushi, Kyuya; Nakano, Masayoshi; Shiomi, Daisuke; Sato, Kazunobu; Takui, Takeji et al. (2007). “Singlet Biradical Character of Phenalenyl-Based Kekulé Hydrocarbon with Naphthoquinoid Structure”. Organic Letters 9: 81-84. doi:10.1021/ol062604z. ISSN 1523-7052. PMID 17192090. 
  15. ^ Konishi, Akihito; Hirao, Yasukazu; Nakano, Masayoshi; Shimizu, Akihiro; Botek, Edith; Champagne, Benoît; Shiomi, Daisuke; Sato, Kazunobu et al. (2010). “Synthesis and Characterization of Teranthene: A Singlet Biradical Polycyclic Aromatic Hydrocarbon Having Kekulé Structures”. Journal of the American Chemical Society 132: 11021-11023. doi:10.1021/ja1049737. 
  16. ^ Lambert, Christoph (2011). “Towards Polycyclic Aromatic Hydrocarbons with a Singlet Open-Shell Ground State”. Angewandte Chemie International Edition (WILEY-VCH Verlag) 50: 1756-1758. doi:10.1002/anie.201006705. ISSN 1521-3773. 
  17. ^ Ichino, Takatoshi; Villano, StephanieM.; Gianola, AdamJ.; Goebbert, DanielJ.; Velarde, Luis; Sanov, Andrei; Blanksby, StephenJ.; Zhou, Xin et al. (2009). “The Lowest Singlet and Triplet States of the Oxyallyl Diradical”. Angewandte Chemie International Edition (WILEY-VCH Verlag) 48: 8509-8511. doi:10.1002/anie.200904417. ISSN 1521-3773. 

ビラジカル

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非ケクレ分子」の記事における「ビラジカル」の解説

最も単純な非ケクレ分子はビラジカル(Biradical)である。ビラジカルは二つの「独立に」ふるまうフリーラジカルを持つような偶数電子化合物である。 より一般的な化学種であるジラジカルとは異なる。 最も初期のビラジカルの合成の一つ1915年シュレンクよるもので、ゴンバーグ(英語版)によるトリフェニルメチルラジカル(英語版)の合成と同じ手法により行なわれた。 いわゆるシュレンク炭化水素は以下のような分子である。 ユージン・ミュラーは、グーイの磁気天秤用いて、これらの化合物スピン三重項基底状態をもち、常磁性を示すことを初め明らかにした。 初期のビラジカル合成としては、他にも1907年のチチバビンによるものあげられる1960年ヤンによる合成1962年のコッピンガーによるもの先駆的なものとして挙げられる。 チチバビンのビラジカル (1907) ヤンのビラジカル (1960) コッピンガーのビラジカル (1962)

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