ハーレムのボス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/09 22:03 UTC 版)
「ジョシュ・ガルッチ」の記事における「ハーレムのボス」の解説
石炭や氷など移民の生活必需品の流通を支配し、高値を付けて移民から金を搾り取った。豊富な資金を元に賭博ギャングに運営資金を貸し、ハーレムのポリシーゲーム(ナンバーズ賭博の一種)の営業を支配下に置いた。ガルッチの許可なしにポリシーを運営できなかった。イタリアン・ロッテリー(イタリア式富くじ)の販売所を自宅地下に開設し、ほぼ毎月の抽選で賞金は1等のみの1000ドルを払ったが、支払いと同時に、部下のギャングが当選者から賞金を取り返した。イタリアンロッテリーはニューヨーク近郊の都市に支部を置いて拡大し、多額の金を吸い上げた。ハーレムの馬泥棒ギャング団がやっていた馬の転売から一定の分け前を受け取った。売春宿を経営し、「キング・オブ・ホワイトスレイバリー(売春王)」のあだ名が付いた。 シチリア系、ナポリ系ギャングを違法ギャンブルの防衛や反逆者の制裁など汚れ役の仕事に雇い、モレロ一家では特にロモンテ兄弟と懇意にした。政治組織タマニーホールと結託し、選挙になると政敵への妨害工作を仕切り、組織票を集めて地元の政治家を自在に動かした。警官や役人を支配下に置き、営業許可や建設許可はフリーパスで、裁判では判事の援護を得た。1910年、モレロ一家のイニャツィオ・ルポやジュゼッペ・モレロが監獄送りになると、ハーレムにおけるテリトリーを拡大、ボスとして振る舞い、権勢は頂点に達した。
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