ナチ党支配下から戦後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/01 22:29 UTC 版)
「オルデンブルク自由州」の記事における「ナチ党支配下から戦後」の解説
1933年5月から第二次世界大戦終戦まで、オルデンブルク自由州はブレーメン州とともに国家代理官の下に置かれた。国家代理官には州首相レーバーが就任し、1942年5月にはパウル・ウェゲナーに交代した。 1937年4月1日にオルデンブルク自由州の飛び地であったビルケンフェルトとリューベックは大ハンブルク法によりプロイセン自由州に移管された。ビルケンフェルトはライン県、リューベックはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン県のオイティン郡に編入された。これと交換する形でプロイセン自由州のハノーファー県にあったヴィルヘルムスハーフェンがオルデンブルク自由州に編入された。 第二次世界大戦終戦後、オルデンブルクはイギリス軍の占領下に置かれた。オルデンブルクでは、イギリス軍政府と協力してオルデンブルクを独立国として存続させる検討が行われた。このため、テオドール・タンツェンが暫定首相に任命され、内相アウグスト・ウェグマン、財務相ハラルド・コッホ、教育相フリッツ・ケストナーらで新たな州政府が発足した。さらに、オルデンブルク州の新憲法を起草すべく制憲委員会が設置され、1946年春には新たな州議会で承認された。しかし、オルデンブルクを独立させるという案は最終的に却下され、オルデンブルクはニーダーザクセン州の一部とすることが決定された。
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