チベット高原への核装備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 02:33 UTC 版)
「中国の核実験」の記事における「チベット高原への核装備」の解説
中国は、1970年初頭から1971年にかけて核兵器をチベット高原に輸送し、青海省アムドの北西部先端にあるツァイダム盆地にDF-4ミサイル発射用地を完成させ、核ミサイルを配備した(チベット亡命政府 1998, 2章)。現在もチベット四川省のツァイダム(二カ所)、テルリンカ、青海省と四川省の境界の四カ所にミサイル発射用地が整備されている。 小ツァイダム(Xiao Qaidam,Smaller Tsaidam)には、射程4,500〜7,000キロメートルの「東風―4」(DF-4)が配備、緊急時には大ツァイダム(Da Qaidam ,Larger Tsaidamに核ミサイルが移送される。 チベット高原の、青海省と四川省の境界上には、新ミサイル部門が設立、4基のDF-5ミサイルが配備。 テルリンカ(Delingha ,Terlingkha )には、DF―4、および大陸間弾道ミサイル(ICBM)が格納。テルリンカはアムドにある4つのミサイル発射用地の連隊本部でもある。 ナクチュカ基地には、大陸間弾道ミサイル20基と準中距離弾道ミサイル(MRBM)70基が配備、ミサイルはナクチュカの南東25kmのリスル山の地下に格納(GlobalSecurity.org)。 ペロック峡谷のあるタゴ山や、ラサのドティ・プゥにもミサイル格納。 また、地下核実験によって核保有を宣言している(印パ戦争#核保有参照)。 核兵器開発と人工衛星の打ち上げに成功した中国は、曙光1号によって1973年までに2名の宇宙飛行士を目標とした有人宇宙計画「714計画」に着手したが、政治的混乱により中止。 1972年8月10日、新しい衛星打ち上げロケット風暴1号が打ち上げされるが部分的成功にとどまる。 1974年11月5日、曙光1号を打ち上げる予定で設計されていた長征2号Aが初試験され、中国初の回収式衛星FSW-0-0(返回式卫星)が打ち上げられるが失敗する。 1975年11月26日、長征2号Aの改良型長征2号Cが、回収式衛星FSW-0-1の打ち上げに成功。
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