セールス・影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 09:23 UTC 版)
「ハイスクールララバイ」の記事における「セールス・影響」の解説
イモ欽トリオおよび、デビュー・シングル「ハイスクールララバイ」は、バラエティ番組から生まれたユニット及び、ヒット曲の先駆けともいわれる。本楽曲は思わぬ副次的作用を生み、曲の大ヒットにより、その存在を知った層が番組にチャンネルを合わせ始め、「ハイスクールララバイ」がオリコン1位を獲得した翌週に初めて視聴率30%を突破した。 以降、音楽と視聴率の相乗効果は『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日)のわらべ、『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS)の風見しんごらでも踏襲された。 『欽ドン!良い子悪い子普通の子』はフジテレビの番組だったが、他局の音楽番組にも出演、TBS『ザ・ベストテン』で8週連続第1位。音楽番組のレギュラー番組歴代瞬間最高視聴率41.7%は、その『ザ・ベストテン』1981年9月17日放送回であり、「ハイスクールララバイ」は当日の1位であった。 山口良一は「芸能生活、『ハイスクールララバイ』で食っていけてます」と話している。 サビの振り付けは土居甫。イントロ・間奏の楽器の弾き真似やビンタなどの振り付けは、長江のレコーディング中、暇だった山口と西山が、ふざけてスタジオでYMOの演奏を真似して遊んでいたものが採用された。 曲の大ヒットとともにこの振付もインパクトが大きく、元祖エアーバンドとの評価もある。 レコード制作は吉田拓郎が社長在任中のフォーライフ・レコード。 当時のフォーライフは本楽曲や、漫才ブームに便乗してザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」などを手掛け、同社の設立目的だった「アーティスト主導のレコード会社」という理想から離れ、翌1982年に後藤由多加に社長を交代している。
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