コンクール優勝の影響
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田村がロン=ティボー国際コンクールで優勝した翌年の2008年には、同じ愛知県立の菊里高校音楽科が13年ぶりに定員40人を割る中で、田村の出身校である明和高校音楽科は、定員40人に対し希望者100人と前年に比べ躍進した。菊里高校音楽科主任の内藤江美、明和高校音楽科主任の西典代は朝日新聞の取材に対し、前年の田村の優勝、および受賞時に「明和高校出身」と紹介されたことが影響したと述べた。これに対し両校とも公開実技試験や選抜演奏会の実施など、人員確保のための施策を講じたが、 「コンクールは目安にすぎない」「誰もがプロの音楽家になるわけではないし、どの生徒にもいつか咲く花がある。一人一人の個性や可能性を大切に伸ばしたい」「勉強の一つの目標としてコンクールに挑戦するのはよいことだが、結果は運。一喜一憂する必要はない。演奏家にならなくとも、音楽を心から楽しんで応援できる、よい聴衆に育てたい」として、田村に続く学生のコンクール入賞を積極的に押し出す姿勢は取らなかった。
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