カルタゴ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 07:41 UTC 版)
初めてマヨルカ島に植民を行ったのは、紀元前8世紀頃にレバント(東部地中海沿岸地方)からやってきて多数のコロニーを築いた航海民族のフェニキア人であり、マヨルカ島は主要なフェニキア都市となっていた北アフリカのカルタゴの統制下に入った。紀元前700年から紀元前145年のバレアレス諸島はフェニキア人によって支配され、マヨルカ島にやってきたフェニキア人は地中海西部で精力的に交易活動を行った。フェニキア人の時代にバレアレス諸島の商業中心地となったのはイビサ島のエイビッサであり、マヨルカ島はわずかな役割を果たしたに過ぎなかったが、ポエニ戦争で投石手としてカルタゴのために戦ったマヨルカ人の存在が文献に記載されている。バレアレス諸島の名称は「投石」を意味するギリシア語の「ballerin」に由来すると指摘する歴史学者もいる。侵略者から領土を守る唯一の防衛手段が投石だったため、マヨルカ人投石手は優れた投石技術でよく知られている。
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