オペラハウスの復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/22 06:45 UTC 版)
「アン・デア・ウィーン劇場」の記事における「オペラハウスの復活」の解説
モーツァルトの生誕250周年に当たる2006年、劇場は「新しいオペラハウス」(Das neue Opernhaus)を名乗り、再びオペラを上演するようになる。これにより、劇場は国立歌劇場およびウィーン・フォルクスオーパーに次いでウィーン3館目の歌劇場となった。ただし、前二者と異なり専従の歌劇団(カンパニー)は存在しない。歌劇場として復活して最初の公演は、プラシド・ドミンゴらが参加したガラ・コンサートであった。 総監督に就任したローラント・ガイヤーは、他2館のように日替わりで違った演目を用意するレパートリーシステムではなく、同じ演目を一定期間にわたって上演する形態であるスタジオーネシステムを採用。モーツァルト作品やウィーン古典のほか、バロック・オペラや現代もののオペラを主な柱に据えるとしている。オペラ公演のオーケストラはウィーン交響楽団、ウィーン放送交響楽団およびウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが務めている。 ウィーンのオペラファンの中には、規模・構造ともにウィーン古典オペラの上演に最適なこの劇場が、これまでミュージカル公演という“間違った使われ方”をされてきたと感じ、この方向転換を待ち望んでいたものも多かった。その一方で、長い伝統である「最新の、娯楽性の高い演目の初演が行なわれる劇場」としての位置づけ(「こうもり」などは今日でこそ国立劇場にも完全定着して久しいが、同劇場での初演当時は宮廷歌劇場のオペラと一線を画した作品だった先端娯楽作品だった)が消えることを惜しむ声も聞かれた。
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