ウィルヘルム・ティセリウスとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ウィルヘルム・ティセリウスの意味・解説 

ウィルヘルム・ティセリウス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/09 18:25 UTC 版)

Arne Tiselius
ウィルヘルム・ティセリウス
生誕 Arne Wilhelm Kaurin Tiselius
(1902-08-10) 1902年8月10日
 スウェーデン ストックホルム
死没 1971年10月29日(1971-10-29)(69歳)
 スウェーデン ウプサラ
国籍  スウェーデン
研究機関 ウプサラ大学
出身校 ウプサラ大学
主な業績 電気泳動
主な受賞歴 ノーベル化学賞(1948)
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示
ノーベル賞受賞者
受賞年:1948年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:電気泳動装置の考案および血清タンパクの複合性に関する研究

ウィルヘルム・ティセリウス(Arne Wilhelm Kaurin Tiselius,1902年8月10日1971年10月29日)は、スウェーデン王国ストックホルム出身の生化学者

生涯

早くに父をなくして家族とともにイェーテボリに移り、教育を受けた。ギムナジウム1921年に卒業し、ウプサラ大学に入学し、化学を専攻した。ウプサラ大学で1925年からスヴェドベリの助手を務め、1930年タンパク質電気泳動法に関する研究によって博士号を取得。それから1935年までゼオライトにおける主成分の吸着脱離に関するいくつかの論文を発表した。そしてこの研究によってプリンストン高等研究所ロックフェラー財団の研究奨励金を受けた。その後ウプサラ大学へと戻ってからは物理学的な手法を用いてタンパク質の生化学的な問題について研究し、電気泳動法をより綿密なものとした。

第二次世界大戦後の1948年に電気泳動の研究等でノーベル化学賞を受賞。その後スウェーデン化学界の発展に尽力し、1951年から1955年まで国際純正・応用化学連合の理事長を務めた。1957年王立協会外国人会員選出。1971年ウプサラで没。

受賞歴

出典




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ウィルヘルム・ティセリウス」の関連用語

ウィルヘルム・ティセリウスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ウィルヘルム・ティセリウスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのウィルヘルム・ティセリウス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS