インディアン血統法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/29 22:48 UTC 版)
バージニア州が1705年に制定した、インディアンの血統を分類規定する「インディアン血統法(Indian Blood law)」は、現在に到るまでインディアン社会を分断し続けている。 18世紀、インディアン社会への白人入植と黒人奴隷の増加は、同州でインディアンと白・黒人との混血を増加させた。「純血」の白人のみが法的優位を所有できる同州の人種差別規定では、なにより血の濃さが重要であり、それはインディアンにも当てはめられた。この血統法は「インディアンは半分多人種の血が混じればもうインディアンではない」と規定したものである。以後、この「1/2」基準は全米の州に採り入れられていき、インディアンと黒人の混血(ブラック・インディアン)が多くの州で増加するにつれ、多くのインディアンが血統証明書から除外され、「人口を減らしていく」という民族浄化の効果を生み続けた。 この法は1934年の「インディアン再編成法(IRA)」の規定にも悪影響を与え、以後のインディアンが部族として連邦公認を受けるための血統証明を難しくした。「インディアン里親制度」(白人の家庭が強制的にインディアンの乳児を里子に奪い、白人として育てる制度。20世紀末に表面上は廃止された)で里子に出されたインディアンも、連邦からはインディアンとして認定されず、また多くのインディアンたちが申請名簿を作るために、黒人配偶者と離婚しなければならなかったのである。現在のインディアンの血統証明で重要とされる混血基準度は「1/4」である。
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