イタリア喜劇の俳優たちとは? わかりやすく解説

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イタリア喜劇の俳優たち

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/14 01:06 UTC 版)

『イタリア喜劇の俳優たち』
フランス語: Les Comédiens italiens
英語: The Italian Comedians
作者 アントワーヌ・ヴァトー
製作年 1720年ごろ
素材 キャンバス上に油彩
寸法 63.8 cm × 76.2 cm (25.1 in × 30.0 in)
所蔵 ナショナル・ギャラリー (ワシントン)

イタリア喜劇の俳優たち』 (イタリアきげきのはいゆうたち、: Les Comédiens italiens: The Italian Comedians) は、フランスロココ期の巨匠アントワーヌ・ヴァトーが1720年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。1946年にサミュエル・ヘンリー・クレス英語版から寄贈されて以来[1]ワシントン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されている[2]。なお、この絵画は、ヴァトーの失われたオリジナル作品にもとづき、別の画家が制作した質の高い複製であるという見解もある[3]

背景

フランスの18世紀は演劇の黄金時代といわれるほど、王侯貴族から庶民まで演劇熱が高まった時代である[4]。当時のパリには、コメディ・フランセーズのような大劇場を舞台にするものから、アクロバット的な笑劇を行う縁日芝居、素人芝居まで様々なものがあった[4][5]。ヴァトー自身、非常に演劇好きで、彼の作品には演劇と関連を持つものが少なくない[5]。実際、ヴァトーは、紳士淑女の遊興を主題とした、いわゆる雅宴画英語版を描く前に「芝居画」で人気を博したのである[4]

作品

ヴァトー『フランス喜劇の俳優たち』 (1720年ごろ)、メトロポリタン美術館ニューヨーク

劇団の俳優たちがカーテンコール (演劇終焉後の俳優たちの再登場) のお辞儀をするために舞台に集っている。赤いカーテンが両側に引かれたところで、15人がいっしょに並んでいる[4]。彼らは、18世紀のフランスで有名であったイタリアの即興仮面喜劇コンメディア・デッラルテ (1680年にパリで唯一の王立イタリア人劇団になった[2]) の常連の登場人物たちである[1][3]。イタリア喜劇はフランス喜劇 (コメディ・フランセーズ) とは対照的に陽気で情熱的であり、滑稽な動作や奇想天外な展開によって庶民から王家の人々までを大いに楽しませた[2]。ちなみに、本作はその題名からメトロポリタン美術館 (ニューヨーク) にある『フランス喜劇の俳優たち』の対作品と見なされがちであるが、対作品ではない[3]

舞台上のすべての俳優たちは自身の演技を継続中で、他者と関わりつつ表現力豊かな仕草をしている。ただ1人、恋に報われない道化役のピエロだけが中央にじっと立っている。彼は輝く白色の衣装を纏い、かすかな笑みを浮かべており、その視線は定まらない。その心理状態を理解することはできず、演技をしていない彼は謎の存在である。ヴァトーは、人生と演劇、現実と演技という曖昧な境界に魅せられていた。ピエロは、自身に定められた役割を演じるのを止めた時、どうなるか鑑賞者に考えてみることを促しているのである[1]

ほかのヴァトーの作品同様、本作の登場人物のうち何人かは特定されていない。というのは、画家は同じモデルをその時々の気分で異なる人物にあてはめ、その服装も変えているからである。ピエロ以外の人物は、試みにスカパン英語版 (右端) やメッツェッティーノ英語版 (ギター奏者の左) とされるが、不明である。ピエロ以外に一致して特定化されているのはその左に見えるアルルカンで、黒い仮面とダイヤモンド模様の衣装を身に着けている[3]

18世紀の資料によると、本作はヴァトーが死の直前、ロンドンに1年滞在していた間に描かれた2点の絵画のうちの1点 (もう1点は『平穏な恋』) である。彼は、結核のために1719年にロンドンのリチャード・ミード (Richard Mead) 医師のもとにやってきた。ミード医師は著名な内科医、美術収集家、フランスびいきの人物であった。ヴァトーは健康面でも経済面でも状況が芳しくなく、ミード医師はおそらく両面で彼を助けたと思われる。ヴァトーは、本作を含む2点の絵画を医師のために描いたのである[3]

脚注

  1. ^ a b c The Italian Comedians”. ナショナル・ギャラリー (ワシントン) 公式サイト (英語). 2025年11月9日閲覧。
  2. ^ a b c 『週刊西洋絵画の巨匠 45 ヴァトー』、2010年、29頁。
  3. ^ a b c d e French Paintings of the Fifteenth through Eighteenth Centuries: The Italian Comedians, probably 1720”. ナショナル・ギャラリー (ワシントン) 公式サイト (英語). 2025年11月9日閲覧。
  4. ^ a b c d 『週刊西洋絵画の巨匠 45 ヴァトー』、2010年、7頁。
  5. ^ a b 『NHK エルミタージュ美術館 2 ルネサンス・バロック・ロココ』、1989年、156頁。

参考文献

外部リンク




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