イギリスの国内事情
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 03:11 UTC 版)
「第一次世界大戦の賠償」の記事における「イギリスの国内事情」の解説
イギリスの大蔵省A課はドイツに課す賠償額策定の任に当たっていた。1918年には責任者にジョン・メイナード・ケインズが就任した。A課は11月に「ドイツの支払い能力は高めに見積もれば40億ポンド、楽観的に見れば30億ポンド、慎重に見れば20億ポンド」になるという見通しの報告書を作成し、閣議に提出した。しかし一部閣僚は納得せず、オーストラリア首相のビリー・ヒューズを委員長とし、イングランド銀行総裁ウォルター・カンリフ(en)らを委員とする委員会が新たな報告書を策定した。この報告書では連合国戦費すべてをドイツに支払わせるという前提で作成され、大戦前のドイツ貯蓄を基準として賠償請求額は240億ポンドにするべきであるとした。おりしも12月の総選挙が迫っており、好戦的なノースクリフ系の新聞が対独強硬的なキャンペーンを行ったことで、ヴィルヘルム2世の裁判や全額賠償を求める世論が高まっていた。ロイド・ジョージは11月29日に「ドイツはその能力の限界まで戦費を支払わねばならぬ」と声明し、12月11日には戦費全額を賠償させると言明した上にヒューズ委員会による240億ポンドという具体的な賠償請求額を公表した。このことによってタイムズ紙なども対独強硬な主張を掲載し、賠償金要求の声はさらに高まった。しかし選挙の結果、ロイド・ジョージ自身の与党である自由党はむしろ議席を減少させ、右派の保守党の勢力拡張に繋がった。
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