アンチ・バラモンの新宗教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:15 UTC 版)
「インド発祥の宗教」の記事における「アンチ・バラモンの新宗教」の解説
詳細は「アースティカとナースティカ」を参照 紀元前5世紀頃に、北インドのほぼ同じ地域で、仏教やジャイナ教をはじめとした、アンチ・バラモンの新宗教がいくつか誕生するが現在まで続いているのはそのうちの仏教とジャイナ教だけである。 バラモンの権威に対峙する仏教は、バラモン教の基本のひとつであるカースト制度を否定した。すなわち司祭階級バラモン(ブラフミン)の優越性も否定した。しかし、ゴータマ・ブッダの死後において、バラモン自身が仏教の司祭として振舞うなど、バラモン教が仏教を取り込んで、バラモンの特殊な地位を再確保しようという政治的な動きもあった。 また、ゴータマ・ブッダは唯一神の存在を自分の宗教の一部としては認めなかった。ただしゴータマ・ブッダの死後、バラモン教の神が仏法守護神や眷属として取り込まれて行った。従って仏教はバラモン教に対峙して発展したが、民衆の間に広まっていくに連れ、バラモン教の神々を吸収して行ったのである。 もう一つのアンチ・バラモンであるジャイナ教の開祖マハーヴィーラは、彼以前に23人のティールタンカラ(祖師)がおり、24祖とされた。ティールタンカラ自身はヴェーダの宗教の一部であったと思われる。マハーヴィーラが24人目のティールタンカラの生まれ変わりであると認定された後に、ジャイナはバラモン教から独立したとする説もある。また、マハーヴィーラとゴータマ・ブッダは、同時代、同地域に生きており、ジャイナ教の伝説ではゴータマ・ブッダ自身も24人目の最後のティールタンカラとなることを望んでいたと言われ、マハーヴィーラに負けたとされている。
※この「アンチ・バラモンの新宗教」の解説は、「インド発祥の宗教」の解説の一部です。
「アンチ・バラモンの新宗教」を含む「インド発祥の宗教」の記事については、「インド発祥の宗教」の概要を参照ください。
- アンチ・バラモンの新宗教のページへのリンク