アリカンテ港
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 18:12 UTC 版)
レコンキスタ後の1271年にはカスティーリャ王アルフォンソ10世によって、アリカンテが地中海の公共港として宣言された。アラゴン王フアン2世の治世の1476年以後には防波堤が建設された。中近世には干しブドウ、アーモンド、エスパルト(英語版)(縄の原料)、塩、ワインなどがアリカンテ港から輸出された。17世紀にスペイン帝国がアメリカ大陸との間の貿易を開始すると、アリカンテ港(英語版)は新大陸貿易の拠点であるカディス港(スペイン語版)やセビリア港(スペイン語版)に次いで重要な貿易港となった。 1960年代にはコスタ・ブランカ(英語版)の観光ブームが起こり、1980年代の産業衰退以後にはクルーズ港への転換を図っている。1990年代後半には第2の観光ブームが起こり、地中海の砂浜海岸、重要文化財のサンタ・バルバラ城(英語版)、重要文化財のサンタ・マリア教会(英語版)、サン・ニコラス・デ・バリ大聖堂(英語版)、重要文化財のレハスの塔(スペイン語版)などの観光地に観光客が押し寄せた。2008年に始まった世界的な景気後退まで、アリカンテはスペインの中でも特に急成長している都市のひとつだった。
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