アラブ小説賞取り消し
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 16:16 UTC 版)
「ブアレム・サンサル」の記事における「アラブ小説賞取り消し」の解説
2011年に小説『ダーウィン通り』を発表した。「ダーウィン通り」はアルジェ県のベルーイドード(フランス語版)(植民地時代にベルクールと呼ばれていた)にある通りで、カミュの生家から100メートルほどのところにあり、サンサルはここに1950年代から60年代にかけて住んでいた。アルジェリアの歴史を織り込んだこの個人史は、母の死を機に書いたものである。『ダーウィン通り』は翌12年のアラブ小説賞(フランス語版)を受賞した。これは、フランスのアラブ諸国大使評議会が2008年に創設し、アラブ諸国からの資金援助によって運営されている賞であり、授賞式はアラブ世界研究所で行われる。当時の審査委員長はエレーヌ・カレール=ダンコースであった。ところが審査団は、授賞式の直前に、アラブ諸国から受賞取り消しと再審査を命じる通知を受け取った。理由は「アラブ世界における現状に鑑みて」とあるだけであったが、サンサルが受賞後に、エルサレム国際作家フェスティバルに招待されてイスラエルを訪れたことが原因であることが明らかになった。ハマースが間もなく、サンサルのフェスティバル参加は、「パレスチナ人に対する裏切り行為である」とする声明を発表したからである。審査員らは辞意を表明し、サンサルは「耐え難いことだが、このような愚かしい現実があることが明らかになった」と述べた。この結果、同賞は今後アラブ諸国からの資金援助を受けることなく運営することになり、サンサルはアラブ小説賞を奪回することになった。
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