アメリカ、フィリピン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/01 15:35 UTC 版)
「マル・エヴァンズ」の記事における「アメリカ、フィリピン」の解説
ビートルズは1964年に、ニューヨークでボブ・ディランから大麻を教えられた。その時の出来事としてマッカートニーは、自分が大麻の影響で新たに悟った人生の意味を、「何度も何度も」エヴァンズに「書いておくんだ、マル、書いておくんだ!」と頼んだことを回想している。しかしエヴァンズも、他の皆と同様に大麻で酩酊していたため、鉛筆とメモ紙を探し出すのに時間がかかってしまった。翌朝エヴァンズがマッカートニーに書き取ったメモ紙を見せると、「7つの段階がある!」("There are seven levels!")と書かれていた(後にマッカートニーは、人生に7つの段階があるという意味であると説明している)。 アメリカ公演中も、エヴァンズは常にビートルズを支援し続けた。1965年夏にハリウッド・ボウルでの2公演を終えると、エプスタインは全員に休暇を取らせることとし、 ロサンゼルスのマルホランド・ドライヴにある馬蹄形の屋敷での 4日間の休暇滞在を手配した。そこで一行は大麻たばこを吸ったりして過ごした。エヴァンズとレノンは、屋外の大プールでたばこを口にくわえたまま泳ぎ、どちらが長く火を着けたままにしておけるか試したりした。 1966年7月のフィリピンでは、意図せずしてファーストレディのイメルダ・マルコス大統領夫人の招待を拒否する形になってしまった 。その件が誤って無礼な拒絶としてテレビやラジオで伝えられると、警察によるビートルズの警護が全てなくなってしまった。ビートルズとその随員一行は自力でマニラの空港に辿り着かなければならなくなった。空港では、敵愾心を持った群衆にエヴァンズが殴られたり蹴られたりしたほか、ビートルズのメンバーも押されたり小突かれ回したりした。一行が飛行機に乗り込んだ後も、エヴァンズと広報担当のトニー・バーロウは飛行機を降りるよう命令された。エヴァンズは投獄されるか処刑されると思い、「リルに愛していると伝えてくれ」と言って飛行機を降りた。エプスタインも2人の飛行機搭乗が再び許可される前に、フィリピン滞在中にビートルズが稼いだ金を全て返還するよう強制された。
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