アイダホ州のバスク人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 15:52 UTC 版)
「バスク系アメリカ人」の記事における「アイダホ州のバスク人」の解説
アメリカ合衆国北西部にあるアイダホ州は、アメリカ合衆国でもっともバスク人やバスク文化と密接な関係がある州である。特に州都であり最大都市であるボイシでは、その社会機構にバスク人は不可欠な存在である。アイダホ州出身の著名なバスク系人政治家には、長年に渡って州務長官を務めたピート・T・セナルサ(共和党)、セサルナの後任の州務長官であるベン・ユスルサ(共和党)、現ボイシ市長のデヴィッド・H・ビーター(民主党)などがいる。アイダホ州でもっともバスク系人口の多い郡は、ボイシを中心とするエイダ郡である。 1890年にはアイダホ準州の中の一部がアイダホ州に昇格したが、初めてバスク人がアイダホに到達したのは同じ頃である。1912年までに、バスク系アイダホ人の先駆者と考えられている人々、ホセ・ナバーロ、ジョン・アチャバル、ホセ・ベンゴエチェア、ベニート・アレギ、ジョン・エチェバリア、フアン・イリバルなどは、すでにアイダホに土地を有して定住していた。アイダホで銀鉱が発見されるとさらに多くのバスク人が到着し、シルバーシティ(英語版)(現在はゴーストタウン)などに定住した。直接的に鉱山労働者となった者以外は、牧畜業者になったり、鉱山労働者への牛肉・羊肉製品の販売などに従事した。いくらかの移民はヨーロッパのバスク地方に戻ったが、多くの移民はアイダホ州に残り、後には先達を追って彼らの家族もバスク地方からやってきた。 アメリカ合衆国の国勢調査は1980年までバスク人とスペイン人を区別していなかったため、アイダホ州に達したバスク人移民の正確な人数は明らかにされていないが、アイダホ州に移民したスペイン人の大半は、自身をバスク人であると定義していた。1990年、ボイシはスペイン・バスクのビスカヤ県ゲルニカと姉妹都市提携を結んだ。
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