アイソトープの邦訳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/16 13:46 UTC 版)
フレデリック・ソディは、1900年からカナダのモントリオールにあるマギル大学でアーネスト・ラザフォードと共に放射性崩壊の研究を行ない、1904年からはグラスゴー大学の講師になり研究を続けた。その結果、元素が放射線を放つと別の元素に変化することを見出し(放射性変換説)、さらに放射性元素が化学的性質が同一であるにもかかわらず複数の原子量を持つ可能性を示した。ソディはこの概念をアイソトープ (Isotope) と名付け、研究結果を1918年12月のロンドン化学会で講演した。その内容は1919年東京帝国大学化学教室の定例雑誌会で取り上げられた。その席で飯盛はアイソトープの邦訳を同位元素とすることを提案し、同意を得た。
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