毒
『水滸伝』第24~26回 潘金蓮は薬屋の西門慶と情を通じ、夫武大に砒霜を飲ませて毒殺する。潘金蓮は「夫は胸の病で死んだ」といつわり、西門慶は、納棺を行なう役人・何九叔に、「よろしく頼む」と言って金を与える。何九叔は武大の死体を見て毒殺されたことを知り(*→〔顔〕5)、火葬の時、ひそかに骨を2~3片拾って後日の証拠とする→〔骨〕6b。
『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻1-1「今の都も世は借物」 父親の死を願う道楽息子笹六が、丈夫な父親にいらだち、「7日以内に父が死ぬように」と諸神・諸仏に祈る。その効験か、父親が目まいをおこして倒れたので、笹六は気付け薬といつわり毒薬を口移しに父親に飲ませようとする。しかし誤って噛み砕き、自分が死んでしまった。
*砒素を飲んでの自殺→〔密通〕4の『ボヴァリー夫人』(フロベール)。
★2a.毒殺される人を救おうと、その身代わりになって毒を飲む。
『ピーター・パン』(バリ)13 ピーター・パンが飲む薬のコップに、海賊フックが強力な毒薬を5滴ほどたらす。それを知った妖精ティンカー・ベルが、ピーターの唇と毒薬との間にわりこんで、1滴も残さず飲み干してしまう。ピーターが「なんだってひとの薬を飲むんだ?」と咎めると、ティンカー・ベルは「毒が入っていたのよ」と教えて、倒れる〔*妖精の存在を信じる大勢の子供たちの励ましの拍手によって、ティンカー・ベルは回復する〕。
*若君に供された毒入り菓子を、乳人(めのと)の子が食べ、身代わりになって死ぬ→〔死因〕1の『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』「足利家奥御殿の場」。
★2b.別人に送られたチョコレートを、毒入りと知らずに食べて死ぬ。
『偶然の審判』(バークリー) Aがチョコレート会社の試供品を偽造して、Bの行くクラブ宛に送りつける。チョコレートを受け取ったBに、同じクラブの会員であるAが話しかけ、AはBからチョコレートをもらう。Aはそれを家に持ち帰り、妻に食べさせると、毒入りチョコレートだったので妻は死んだ。Aの巧みな妻殺しであった。事件を捜査した警部は疑問を持つ。「Bが自分でチョコレートを食べて死ぬ可能性もあったのでは?」。名探偵が答える。「AがBに送ったのは、普通のチョコレートだ。それをBからもらって帰宅する途中で、毒入りのものと取り替えたんだ」。
*伯母が飲むはずの毒を、少年が知らずに飲んでしまったふりをする→〔自傷行為〕2の『Yの悲劇』(クイーン)。
★3.毒と薬。
『銭形平次捕物控』「二服の薬」 紙屋の隠居が「体調が悪い」と言うので、小間物屋が「良い薬を届けさせよう」と言って帰る。まもなく、使いの者と称する男が薬を届け、隠居はそれを飲んで血を吐いて死ぬ。その直後に、小間物屋の店員が薬を持って来る。「最初の使いは偽者だったか」と皆は思うが、実は、最初の使いも2度目の店員も、小間物屋が送ったのだった。同じ人間が毒と薬の両方を届けるなどとは誰も考えないので、小間物屋は自分に疑いがかからぬよう、巧妙な細工をしたのである。
『緋色の研究』(ドイル) ジェファースンはドレッバーを殺すにあたって(*→〔一夫多妻〕5)、それが神意に叶うことかどうか確かめるべく、2つの丸薬(1つは薬、1つは毒)を突きつけ、「どちらか一方を飲め。お前が残した方を私は飲む。お前が死ぬか、私が死ぬかだ」と迫る。ドレッバーは毒を選んでしまい、その場に倒れて死んだ〔*ジェファースンはスタンガスンにも同様に迫るが、スタンガスンは襲いかかって来たので、ジェファースンは彼を刺殺した〕。
*2つのワイングラス(1つは酒、1つは毒)の一方をAが飲み、残りをBが飲む→〔決闘〕1dの『吸血鬼』(江戸川乱歩)。
*薬と間違えて、毒を渡す→〔薬〕2の『田舎医者』(黒岩涙香)。
『今昔物語集』巻1-10 提婆達多が仏に大石を投げつける。石は砕け、破片が仏の足の親指を傷つけて血が流れる。提婆達多は自分の手の指に毒を塗り、仏の足を礼拝するふりをして毒をつける。しかし毒はたちまち薬に変じ、仏の傷を治す。
『今昔物語集』巻1-12 勝蜜外道が毒入りの食事を、仏とその弟子たちに供養する。しかし毒は甘露の薬と変じ、仏たちは無事だった。これを見た外道たちは罪を懺悔し、仏は彼らを教化した。
★4b.薬Aと薬Bは、それぞれ単独で服用するなら問題ないが、両方を一緒に飲むと猛毒に変化する。
『あやしやな』(幸田露伴) 医師「ぐれんどわあ」が、熱病の爺(おやじ)「ばあどるふ」に薬Aを与える。その後に伯爵「しゃいろッく」が来て、「ばあどるふ」が薬Aを飲んだことを知る。「ばあどるふ」は、伯爵「しゃいろッく」の旧悪を知る人物だったので、伯爵は「ばあどるふ」を殺そうと薬Bを与える。薬Aと薬Bは「ばあどるふ」の体内で化合して猛毒となり、「ばあどるふ」は死んでしまう〔*警察署長「ぶらいと」が伯爵の奸計をあばき、罰した〕。
*ふぐと餅は、それぞれ単独に食べるなら問題ないが、両方一緒だと「食べ合わせ」になる→〔取り合わせ〕4の『お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』。
『落咄臍くり金』(十返舎一九)「ふぐ汁」 男たちが寄り合って、ふぐ汁を作り、まず橋の上の乞食に毒見をさせようと、1杯持って行く。しばらくしてそっと乞食の様子をうかがうと、別状ないので、男たちはふぐ汁を腹いっぱい食べる。男たちは橋の上へ行き、「さっきのふぐ汁はうまかったなあ」と言う。乞食は安心して、「それなら私もいただきましょう」。
猫で毒味(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 4人の男が、山できのこを採って来て、鍋にする。傍の猫に毒味をさせるが、何ともないようなので、4人は安心して、きのこ鍋を食べる。食べ終わって、ふと見ると、猫がもがき苦しんでいる。4人は仰天して病院へ飛んで行き、胃洗浄をしてもらう。ほっとして帰宅すると、子猫が生まれていた。先ほどの猫の苦しみは、産みの苦しみだった。
*『消えるヒッチハイカー』(ブルンヴァン)が、包みの中に死んだ猫(*→〔泥棒〕3)の関連話としてあげるサンフランシスコの話は、前半は猫で毒味と同様の展開で、後半が異なる。きのこを食べた家族が窓外を見ると、毒味をさせた猫が芝生の上で死んでいたので、皆、あわてて救急病院へ行き、胃洗浄をしてもらう。帰宅すると牛乳屋の置手紙があった。「お宅の猫を車でひいてしまいました。申し訳ありません」。
『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャと餓鬼ども」 ホジャが学校の教師になる。ホジャは出かける時、留守中に子供たちが菓子を食べないように、「毒入りかもしれぬ」とおどかす。リーダー格の少年が他の子供たちと菓子を分けて食べ、その後で、ホジャの使っている筆削りの道具を壊す。ホジャが帰って来ると、少年は泣いて「筆削りを壊してしまったので、毒を食べて死のうと思い、菓子を全部食べたが死ねなかった」と言う〔*→〔禁忌〕10の日本の狂言『附子(ぶす)』とよく似た物語〕。
『まま母の悪計(わるだくみ)』(沖縄の民話) 継母が継娘に弁当を持たせ、田の草取りに行かせる。娘が弁当を木の枝にかけて草を取っていると、烏が飛んで来て、弁当にくちばしを突っ込み、田に落ちて死んだ。娘は弁当に毒が入っていたことを悟り、身代わりに死んだ烏を葬って、家に帰って来た。継母は「毒は効かったのだ」と思い、弁当に詰めなかった残りの物を食べて、死んでしまった。
『ゲスタ・ノマノルム』11 北国の女王が、姫を、生まれた時から毒で育てた。姫はたいへんな美女となり、女王は姫をアレキサンダー大王のもとへ送る。アレキサンダーは美しい姫を見て、「一緒に寝たい」と思う。アリストテレスがそれを止め、死刑囚を呼んで姫に接吻させる。死刑囚は即座に倒れて死んだので、アレキサンダーは姫を北国へ送り返した。
『ラパチーニの娘』(ホーソーン) ラパチーニ博士は、娘ベアトリーチェを毒草や毒木で育てた(*→〔息〕3a)。青年ジョヴァンニが彼女と恋に落ちたので、バグリオーニ教授が強力な解毒剤をジョヴァンニに与え、ベアトリーチェはそれを飲んで倒れる。彼女にとっては、毒が生命であり、したがって解毒剤は死であった〔*バグリオーニ教授はジョヴァンニに、「昔、インドの王侯が、毒で育てた美女をアレキサンダー大帝に贈った」との話をする〕。
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