三省堂 大辞林 |
きど-たかよし 【木戸孝允】
防府歴史用語辞典 |
木戸孝允 (きどたかよし)
近代日本人の肖像 |
木戸孝允 きど たかよし
山口生まれ。政治家。父は萩藩の藩医。吉田松陰に師事。のち江戸で剣術、西洋兵学を学ぶ。公武合体派に反対し、尊皇攘夷運動に奔走。藩の重職に就き、藩論を討幕へと導く。慶応2年(1866)鹿児島藩との間に薩長連合を締結。王政復古のクーデター後、五箇条の誓文草案を起草。参与に任ぜられ、版籍奉還の実現に尽力した。明治3年(1870)6月参議。4年(1871)岩倉遣外使節団に副使として参加。以後文部卿、内務卿、地方官会議議長、内閣顧問等を歴任。立憲制の漸進的樹立を唱えた。
(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております。掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)
ウィキペディア |
木戸孝允
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 01:40 UTC 版)
木戸 孝允 / 桂 小五郎(きど たかよし / かつら こごろう、天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26日)は、幕末から明治時代初期にかけての日本の武士、政治家。名の孝允は「こういん」と有職読みされることもある。位階勲等は贈従一位勲一等。
長州藩士で、明治初期における「長州閥」の長(おさ)と認識されることが多い。幕末期には、桂 小五郎として知られていた尊王攘夷派の中心人物で、薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通とともに「維新の三傑」「維新の十傑」として並び称せられる。
妻は、幕末動乱期の命の恩人かつ同志でもある京都の芸妓幾松(木戸松子)。
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