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おおくぼ-としみち おほくぼ― 【大久保利通】
近代日本人の肖像 |
大久保利通 おおくぼ としみち
鹿児島生まれ。政治家。明治維新の指導者。島津久光のもとで公武合体運動を推進。やがて討幕へと転じ、薩長連合を成立させる一方、岩倉具視らと結んで慶応3年(1867)12月、王政復古のクーデターを敢行。版籍奉還や廃藩置県を推進し、新政府の基礎を固める。参議、大蔵卿を経て明治4年(1871)特命全権副使として岩倉遣外使節団に随行。帰国後、内政整備を主張し、征韓派参議を下野させるとともに、参議兼内務卿となり、政権を掌握。地租改正、殖産興業の推進など、重要施策を実行した。西南戦争に至るまでの各地の士族反乱を鎮圧するも、11年(1878)士族に暗殺される。
| キーワード | 政治家 |
|---|---|
| 号・別称等 | 甲東 |
(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております。掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)
ウィキペディア |
大久保利通
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/10 11:18 UTC 版)
大久保 利通(おおくぼ としみち、文政13年8月10日(1830年9月26日) - 明治11年(1878年)5月14日)は、日本の武士(薩摩藩士)、政治家。
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- ^ 毛利敏彦『大久保利通』(中公新書)、5頁より
- ^ 御小納戸役は6人扶持以上の職であるので、小姓与格が就任すると、一代小番になれる。なお、この職についた御小姓与クラスの人物に大山巌の玄祖父である大山綱栄や調所広郷がいる。
- ^ 市来四郎の日記に、「速なる昇進にて、人皆驚怖いたし物議甚しく候」と書かれるほどの異数の大抜擢だったという。
- ^ 大久保利通日記1
- ^ これが、管船政策の濫觴となった。寺島成信『帝国海運政策論』巌松堂書店、1923年、第二篇「本邦海運政策の沿革」第一章「海運政策の変遷」第一期「本邦海運の萌芽発育時代(明治維新より日清戦役に至る)」二「本邦海運政策の濫觴」に、「八年五月大久保内務卿の建議」「八年九月三菱に対する政府命令書と航海補助金」「本邦近代的海運政策の起原」「三菱と米英船との競争」の項。逓信省『逓信事業史 第6巻』逓信協会、1941年、第十篇「管船」第三章「海運及造船事業に関する政策及法令」第一節「明治前期」第三款「大久保内務卿の海運政策樹立建白」。
- ^ 祐子内親王家紀伊、小倉百人一首「音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ」の本歌取り
- ^ 司馬遼太郎 『翔ぶが如く』より
- ^ 司馬遼太郎『歳月』
- ^ 鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』
- ^ 中西進監修『実はこの人こんな人』 四季社、2002年4月10日、ISBN 4-88405-126-2 C1023
- ^ 佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット 人072)』 山川出版社、2009年
- ^ 植村花菜のルーツは大久保利通!祖母の故郷で知る:スポニチ(2011年3月10日)
- 1 大久保利通とは
- 2 大久保利通の概要
- 3 系譜
- 4 官位及び栄典の履歴
- 5 関連項目
固有名詞の分類
大久保利通に関連した本
- 大久保利通 (講談社学術文庫) 講談社
- 大久保利通 (中公新書―維新前夜の群像 (190)) 毛利 敏彦 中央公論新社
- 不敗の宰相大久保利通 (講談社+α文庫) 加来 耕三 講談社
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