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吉田茂

吉田茂
総理在職期間
[第1次]昭21. 5.22~昭22. 5.24368
[第2次]昭23.10.15~昭24. 2.16125日
[第3次]昭24. 2.16~昭27.10.301,353
[第4次]昭27.10.30~昭28. 5.21204
[第5次]昭28. 5.21~昭29.12.10569
在職通算日数2,616
総理就任時年齢:67歳・70歳70歳・74歳・74歳


江戸人物事典

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吉田 茂 (よしだ しげる)

1878〜1967 (明治11年昭和42年)
政治家葉巻きをくわえたワンマン宰相。軽軍備経済重視吉田ドクトリン戦後復興指針に。
第二次大戦後の政治家。東京都神田生まれ東大卒外務省勤務駐英大使などを勤める。戦争否定的だっため、第二次大戦中は反政府活動嫌疑憲兵隊拘置された。戦後は東久邇(ひがしくに)・幣原しではら)両内閣外相となる。46年5月日本自由党総裁として第一次吉田内閣組閣以後5回の政権で、吉田ドクトリンにより占領から講和独立までの戦後日本復興枠組みを作った。

 年(和暦)
1882年 (明治15年) 上野動物園開園 4才
1883年 (明治16年) 鹿鳴館完成 5才
1889年 (明治22年) 大日本帝国憲法発布 11
1894年 (明治27年) 日清戦争 16才
1903年 (明治36年) 江戸開府300年 25
1904年 (明治37年) 日露戦争 26
1907年 (明治40年) 足尾銅山暴動 29
1910年 (明治43年) 韓国併合 32
1918年 (大正7年) 米騒動 40
1923年 (大正12年) 関東大震災 45
1928年 (昭和3年) ■初の普通選挙実施 50
1932年 (昭和7年) 五・一五事件 54
1936年 (昭和11年) 二・二六事件 58
1941年 (昭和16年) ■対英米宣戦布告 63
1945年 (昭和20年) ポツダム宣言受諾 67
1946年 (昭和21年) 日本国憲法公布 68
1951年 (昭和26年) サンフランシスコ講和条約 73
1953年 (昭和28年) テレビ放送開始 75
1956年 (昭和31年) 国際連合加盟 78
1960年 (昭和35年) 東京タワー完成 82
1960年 (昭和35年) 日米新安保条約調印 82
1964年 (昭和39年) 東京オリンピック 86


 人物
樋口 一葉 1872年1896年 (明治5年明治29年) +6
福田 徳三 1874年1930年 (明治7年昭和5年) +4
上田 敏 1874年1916年 (明治7年大正5年) +4
長谷川 如是閑 1875年1969年 (明治8年昭和44年) +3
荒木 貞夫 1877年1966年 (明治10年昭和41年) +1
寺田 寅彦 1878年1935年 (明治11年昭和10年) 0
大河内 正敏 1878年1952年 (明治11年昭和27年) 0
有島 武郎 1878年1923年 (明治11年大正12年) 0
鏑木 清方 1878年1972年 (明治11年昭和47年) 0
永井 荷風 1879年1959年 (明治12年昭和34年) -1
大正天皇 1879年1926年 (明治12年昭和元年) -1
市川 左団次二世 1880年1940年 (明治13年昭和15年) -2
石井 柏亭 1882年1958年 (明治15年昭和33年) -4
福原 信三 1883年1948年 (明治16年昭和23年) -5
高村 光太郎 1883年1956年 (明治16年昭和31年) -5
鳩山 一郎 1883年1959年 (明治16年昭和34年) -5
石橋 湛山 1884年1973年 (明治17年昭和48年) -6
東条 英機 1884年1948年 (明治17年昭和23年) -6
安田 靫彦 1884年1978年 (明治17年昭和53年) -6
三浦 環 1884年1946年 (明治17年昭和21年) -6


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吉田茂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/03 11:04 UTC 版)

吉田 茂(よしだ しげる、1878年明治11年)9月22日 - 1967年昭和42年)10月20日)は、日本外交官政治家位階従一位勲等大勲位




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  1. ^ ジョン・ダワー著・大窪愿二訳『吉田茂とその時代(上)』6頁には「吉田は一八七八(明治一一)年九月二二日横須賀に生れたといわれる。」とある
  2. ^ a b c ジョン・ダワー著・大窪愿二訳『吉田茂とその時代(上)』6頁
  3. ^ a b ジョン・ダワー著・大窪愿二訳『吉田茂とその時代(上)』5頁
  4. ^ ジョン・ダワー著・大窪愿二訳『吉田茂とその時代(上)』9頁
  5. ^ ジョン・ダワー著・大窪愿二訳『吉田茂とその時代(上)』11頁
  6. ^ ただし、大村立三はその著書『日本の外交家 300人の人脈』の中で、戦前において対英米関係とアジア進出の両立を唱える外交官をその政策から前者重視を「英米派」、後者重視を「アジア派」と呼んで区別し、前者として幣原喜重郎・重光葵・佐藤尚武・芦田均を挙げ、後者として吉田と有田八郎谷正之を挙げており、奉天総領事・外務事務次官として東方会議をはじめとする「田中外交」を支えた吉田は幣原や重光と比較した場合には、アジア進出に対してはより積極的であったとする見解をとっている。
  7. ^ 自著『回想十年』によれば、牧野伸顕の義妹の嫁ぎ先宮崎県の旧高鍋藩主家秋月氏の縁で高鍋出身の海軍大将小沢治三郎を頼るようアドバイスを受け、そのツテで軍令部次長の小沢に「イギリスを通して講和を進めるために荷物扱いでもいいから潜水艦航空機で自分を運んで欲しい」と懇願したが、小沢は十中八九沈められる旨と憲兵隊に目を付けられている点を指摘し丁重に断った。憲兵隊に拘束されたのはその翌日だった、と著している。
  8. ^ 春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』
  9. ^ 『別冊歴史読本特別増刊 — ご臨終』(新人物往来社、1996年2月号)
  10. ^ 『アサヒグラフ』臨時増刊 11月5日号、「緊急特集吉田茂の生涯」89頁
  11. ^ 吉田の国葬は佐藤栄作総理の強い要望で閣議決定を経て実現したが、大正15年に制定された「国葬令」は新憲法の施行によって失効していた(20条の「国による宗教的行為の禁止」と7条の「天皇の国事行為」に抵触するため)ため、国葬自体が違憲ということになり、野党や革新系の言論界からこれを批判する声もあった。しかし戦後の大宰相の記憶は多くの人々にとっては褪せることがなく、世論調査でも大多数がこれを容認するものだった。
  12. ^ 『産経新聞』2008年10月20日付朝刊、14版、3面
  13. ^ 特にフジテレビでは、追悼番組を放送するために、スポットCMを全て削除し、全ての通常番組を変更した。
  14. ^ 松平は元会津藩主京都守護職松平容保の四男で、長女の節子秩父宮の妃になっていた。
  15. ^ これが最後の「組閣の大命」である。
  16. ^ 春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』
  17. ^ 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 73頁
  18. ^ 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 73-74頁
  19. ^ 戸川猪佐武『小説吉田茂』「あとがき」
  20. ^ 『アサヒグラフ 臨時増刊 11月5日号 緊急特集吉田茂の生涯』81頁(1967年)
  21. ^ 通常洗礼は本人が望まなければできないが、遺書や遺言などで生前明確な意思表示をしていることを司祭が確認できれば、例外的に死後洗礼を行うことができる(東京大司教館)
  22. ^ 『アサヒグラフ』 臨時増刊 11月5日号、「緊急特集吉田茂の生涯」73頁
  23. ^ 戸籍上の名は“コト”である
  24. ^ 吉田寛は将来が嘱望された若手外交官だったが、桜子と結婚して数年後に死去してしまう。その葬儀に来た親戚の佐藤榮作と吉田茂は初めて会うが、その時の佐藤の風貌が亡き女婿と瓜二つだったので、以後吉田は佐藤を我が子のように可愛がるようになったという。
  25. ^ 和子と太賀吉を結びつけたのは側近の白洲次郎であり、ふたりの仲人もつとめている。






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