世界とは何か
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「マルティン・ハイデッガー」の記事における「世界とは何か」の解説
ハイデッガーは1919年の講義「哲学の使命について」において生の直接的経験は「環世界的体験(Umwelterlebnis)」として考察され、「そのつどの固有の自我が鳴り響くということのうちでのみ、環世界的なことが体験される。つまり、世界となる。したがって私にとって世界となるところでは、そのときはいつでも、私はなんらかの仕方でまさしくそこにいるのである」と説明され、環世界的経験は事象ではなく、性起(Ereignis)であると論じられた。 1919-20年の講義「現象学の根本問題」では「われわれの生は世界である。すなわち、われわれがその内で生きる世界であり、生の諸傾向がその中へと入り、そのつどその内部で進展する世界である。そしてわれわれの生は、それが世界の内で生きるかぎりにおいてのみ生としてある」として、さらに環世界、共世界(Mitwelt)、自己世界(Selbstwelt)の3つの世界構造を論じた。 1929年-1930年冬学期「形而上学の根本諸概念:世界-有限性-孤独」講義においてハイデッガーは「世界とは何か」という問いについて、 Der Stern ist weltlos.(石は世界喪失的である。=石には世界がない) Das Tier ist weltarm.(動物は世界貧困的である。=動物は世界に乏しい) Der Mensch ist weltbildend.(人間は世界形成的である。) の3つの命題を出して、まず動物と人間の区別の前に物質と生命の区別について考察を開始し、生物の本質を有機体に見る。ハイデッガーは発生学者ヴィルヘルム・ルーの研究をもって、有機体とは「諸器官を持つもの」のことであり、「器官(Organ)」はギリシア語のorganon(用具)を語源とするもので、有機体は複雑な用具ということもできるが、そうすると有機体と機械の差異は何かと問う。さらにハイデッガーは、ハンス・ドリーシュの調和等能系(harmonious equipotential system)すなわち「ある発生系において、材料の除去、付加、組み換えを行っても、常に完全な形態のものに発生する場合の系」を評価して、ここに規定的な因子としての全体性というイデーを見出しつつ、有機体が要素の総計でなく、その生成と建造構造が全体性によって導かれていることを確認する。ただし、ハイデッガーはハンス・ドリーシュが生気論的なエンテレヒーは危険であるとして評価していない。またハイデッガーは、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環世界概念について、「肢体の全体性自身をも、われわれが抑止解除の輪と呼んだものが枠組みをなすところの真の根源的全体性を基礎にして初めて理解される」と述べている。小林睦の解説によれば、ハイデッガーのいう「抑止解除」とはユクスキュルの「知覚標識による触発」であり、「抑止解除の輪」とはユクスキュルの「機能環」に対応しており、動物が抑止解除の輪=機能環に適合しているあり方をハイデッガーは「朦朧性」としている。 ハイデッガーによれば、動物は人間が世界了解する可能性としての開明性を剥奪されており、環世界の対象への衝動に捕囚されているが、動物はまた、対象を感覚する器官がもつ技能を発動し「抑止解除」できるという意味で、対象へと開かれている。したがって、動物と人間との本質的差異は、世界了解する可能性としての開明性を剥奪されていることにあるとされる。また、ハイデッガーはダーウィンの「適応」概念においては有機体と環境が事物存在的なもの(Vorhandenes)にとどまっていると批判している。こうしてハイデッガーは機械論、生気論、進化論はいずれも「有機体の全体的性格を把握できていないとして、存在者の存在様態としての道具的存在性(Zuhandenheit)と事物存在性(Vorhandenheit)の区別を重視する。こうしてハイデッガーは、世界形成的である人間は動物のように挙動するのでなく、存在者への態度をとり、自分を存在者全体の連関において関わらせるのであり、人間にとっての世界とは「全体における存在者としての存在者の開性」を意味すると考察した。 このようなハイデッガーの思索は、自然科学を無批判に精神科学に適用する「生物学主義」を批判するものであるが、ジャック・デリダは現存在ではない動物は、事物的存在でも道具的存在でもなく、したがって実存カテゴリーによって動物について語ることはできないと批判し、小林睦も少なくともこの段階では「人間中心主義」を免れていないと批判している。
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