山之内毅 山之内毅の概要

山之内毅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/23 14:17 UTC 版)

山之内 毅
やまのうち つよし
生年月日 (1981-12-16) 1981年12月16日(41歳)
出生地 日本 鹿児島県姶良市蒲生町
出身校 青山学院大学法学部
前職 山善従業員
神職
所属政党旧日本維新の会→)
維新の党→)
(おおさか維新の会→)
日本維新の会
称号 学士(法学)

選挙区 比例九州ブロック鹿児島1区
当選回数 1回
在任期間 2012年12月16日 - 2014年11月21日
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経歴

鹿児島県姶良市蒲生町に鎮座する、蒲生八幡神社の家系に生まれる。1994年に西伊敷小学校、1997年に緑丘中学校、2000年に鹿児島玉龍高校、2004年に青山学院大学法学部をそれぞれ卒業[1]。2004年から株式会社山善に勤務した後、家業である蒲生八幡神社を継ぐため鹿児島に帰り、2006年から蒲生八幡神社・禰宜、山之内司法書士事務所勤務[2]

2012年3月に維新政治塾に入塾し(1期生)、政治家の道を志す[2]。2012年12月、第46回衆議院議員総選挙日本維新の会公認で鹿児島1区から出馬、比例九州ブロック比例復活し、初当選[1]

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では維新の党公認で鹿児島1区から出馬、自民党保岡興治、民主党の川内博史に敗れ、比例では次点となり復活ならず落選[3]

2015年10月の維新の党分裂に際してはおおさか維新の会に参加した[4]

2016年2月9日におおさか維新の会衆院鹿児島1区支部長就任が発表され[5]、2月20日にかごしま維新の会(おおさか維新の会鹿児島県総支部)が設立されると代表に就任した[6]

2017年10月の第48回衆議院議員総選挙で鹿児島1区から立候補したが、この選挙では立憲民主党から立候補した川内が選挙区当選、次点は自民党公認で保岡の秘書を務めた息子の保岡宏武(落選)で、山之内は3位に終わった。山之内の得票は川内の76,699票とは約5万票差の26,895票で、得票率は14.7%だった[7]

2019年4月、第19回統一地方選挙の一環で行われる鹿児島県議会選挙鹿児島市鹿児島郡選挙区より日本維新の会公認で立候補[8]したが落選した。

2019年7月31日、県総支部を解散し政界を引退した[9]

脚註

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