ヒトの歯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/14 02:11 UTC 版)
修復
歯が損傷または破壊された後、失われた構造の修復は様々な治療で達成可能である。修復は、グラスアイオノマーセメント、アマルガム、金、セラミック、コンポジット材など、様々な素材から作成される場合がある[61]。歯の内側に配された小型の修復物は「内側性修復物」と呼ばれる。これらの修復物は、口内で直接形成されるか、一部のインレーやアンレーではロストワックス技術を用いて鋳造する場合もある。歯の大部分が失われると、人工クラウン (歯科)や、ベニアなどの「外側性修復物」が製作され、対象の歯を修復する。
歯が失われた場合、入れ歯、ブリッジ (歯科)、デンタルインプラントが代替として使用される場合がある[62]。入れ歯は通常最もコストが低く、インプラントは通常最も高価である。入れ歯には、口弓全体の総入れ歯もあるし、部分的に補う部分入れ歯もある。ブリッジは、欠けている歯の小さな空間を補うもので、修復の支持に隣の歯を使う。デンタルインプラントは、単一の歯または連なった歯を補うのに使われる場合がある。インプラントは最も高価な治療の選択肢だが、美観と機能のため多くの場合最も望ましい修復である。入れ歯の機能改善のため、インプラントが支持として用いられる場合もある[63]。
異常
歯の異常は、原因が環境なのか発達なのかで分類される場合がある[64]。環境異常は明らかな原因があるように見えるが、一部の発達異常の原因については何ら分からないように見える場合もある。環境の力は、発生期の歯に影響を与えたり、発生後に歯の構造を破壊したり、どの発育段階でも歯を変色させたり、歯の生える道筋を変えてしまう場合もある。発達異常は、歯の数、大きさ、形、構造に最も影響を与えることが多い。
環境要因
歯の発生期の異変
歯の発生期に環境要因によって引き起こされる歯の異常は、長期的な影響を及ぼす。エナメル質と象牙質は、最初に石灰化した後に再生することはない。エナメル質形成不全はエナメル質の形成量が不十分な状態である[65]。これは、歯牙領域に窪みや溝を作ったり、エナメル質が広範囲に存在しなくなる。エナメル質の拡散不透明度はエナメル質の量に影響を与えないが、その外観を変更する。影響を受けたエナメル質は、歯の残りの部分とは異なる半透明性を有する。エナメル質の境界不透明度は半透明度が減少し、白、クリーム、黄色、茶色を示す鋭い境界を持つ。栄養因子によって引き起こされ得るものとしては[66]、発疹性疾患(水疱瘡、先天性梅毒)[66][67]、未診断や未治療のセリアック病[68][69][70] 、低カルシウム血症、歯のフッ素症(斑状歯)、分娩損傷、早産、乳歯からの感染症や外傷などがある[66]。歯のフッ素症は、フッ化物を過剰摂取した結果起こる、歯が斑状に黄・茶・黒ずんだり時には凹んだりするものをいう。ほとんどの場合、エナメル質欠損はセリアック病によって引き起こされる(他の症状や徴候がない場合この疾患の唯一の症状)が、認識されていないとフッ素症など別の原因と誤って結びつけられることもある[68]。先天梅毒に起因するエナメル質形成不全はハッチンソン歯と呼ばれることも多く、ハッチンソン三徴候の一部と考えられている[71]。ターナー歯と呼ばれる形成不全は一般的に近くの乳歯の以前の感染によるから永久歯のエナメル質の欠損ないし減少の一部である。形成不全は抗腫瘍療法からも生じる。
発生後の破壊
齲蝕以外のプロセスによる歯の破壊は正常な生理学プロセスと考えられているが、病的状態になるほど重篤になる場合もある。咬耗症は、相対する歯からの機械的な力による歯牙構造の喪失である[72]。初期の咬耗はエナメル質に影響を与え、確認を怠った場合、下層の象牙質に進行する場合もある。磨耗症は、外部要素からの機械的力による歯牙構造の喪失である[73]。この力がセメント-エナメル境(CEJ)で始まると、歯のこの領域ではエナメル質が非常に薄いため、歯牙喪失の進行が速くなる可能性がある。このタイプの歯磨耗の一般的な原因は、歯ブラシを使う際の過剰な力である。酸蝕症は、細菌由来ではない酸による化学的溶解が原因となる歯牙構造の喪失である[74]。腐食による歯の破壊兆候は、嘔吐が歯を胃酸に曝すため過食症の人々の口内に共通の特徴である。もう一つの重要な腐食酸原因は、レモン汁の頻繁な吸引である。アブフラクションは屈曲力による歯牙構造の喪失である。歯が圧力の下で屈曲するにつれ、咬合と通称される歯が互いに触れ合う配置が歯の片側に緊張を引き起こし、歯の逆側では圧縮を引き起こす。これは、張力のかかる側にV字型の窪みが生じ、圧縮のかかる側にC字型の窪みが生じると考えられている。 歯根で歯の破壊が起きる時、歯髄内の細胞によって引き起こされる場合このプロセスは内部吸収と呼ばれるが、歯周靭帯の細胞によって引き起こされる場合は外部吸収と呼ばれる。
変色
歯の変色は、菌のくすみ、タバコ、紅茶、コーヒー、クロロフィルの豊富な食品、修復材料、薬剤から生じる場合がある[75]。菌からの汚れは、緑から黒やオレンジに色を変化させる場合がある。緑の汚れはまた、クロロフィルを持つ食品や銅やニッケルの過剰発露から生じる。一般的な歯科修復材のアマルガムは、歯の隣接領域を黒や灰色に変える場合もある。マウスウォッシュのクロルヘキシジンの長期使用は、歯の歯肉付近に外因性の汚れの形成を助長する場合がある。これは通常、衛生士によって除去が容易である。全身性疾患もまた歯の変色を引き起こす可能性がある。先天の赤芽球性(骨髄性)ポルフィリン症は、歯にポルフィリンを沈着させて赤褐色の着色を引き起こす。青い変色はアルカプトン尿症で発生し、稀にパーキンソン病で起きる場合もある。胎児赤芽球症および胆道閉鎖症は、ビリベルジンの沈着から歯が緑色に見える場合もある疾患である。そのほか、外傷が歯をピンク、黄色、濃灰色に変える場合もある。ピンクと赤の変色はハンセン病との関連もある。テトラサイクリン系抗生物質などの一部薬剤は、歯牙構造に組み込まれて歯の本質的な染色を引き起こす場合がある。
萌出の異変
歯の萌出は、いくつかの環境要因によって変わってしまう場合がある。萌出が早期に停止すると、歯が影響を受けると言われている。歯の影響の最も一般的な原因は、歯の口内空間不足である[76]。他の原因では、腫瘍、嚢胞、外傷、肥厚した骨や軟組織の場合もある。歯の強直症は、歯が既に口中に萌出しているが、セメント質や象牙質が歯槽骨と融合している場合に起こる。これは、人に永久歯の生え変わりをさせず、乳歯を留め置かせたりもする。
萌出の自然進行を変更する技術は、スペースの維持や混雑・間隔を防ぐ理由から特定の歯の萌出を早めたり遅らせたい矯正歯科医によって採用されている。後継である永久歯の歯根が総成長の1/3に達する前に乳歯が抜けてしまうと、永久歯の萌出が遅れる。逆に、永久歯の歯根が2/3以上出来上がると、永久歯の萌出が加速する。1/3-2/3の間で、萌出速度に何が起こるかは正確には分かっていない。
発達要因
数の異常
- 無歯症は、歯が全く発生しない症状である。
- 過剰歯は、通常より多くの歯があることである。
- 歯数不足は、歯の発生が1本以上足りないことを指す。
- 部分性無歯症は、6本以上歯が無い場合をいう。
過剰歯を引き起しかねない全身性障害には、アペール症候群、鎖骨頭蓋異形成症、クルーゾン症候群、エーラス・ダンロス症候群、ガードナー症候群、スタージ・ウェーバー症候群が含まれる[77]。歯数不足を引き起こしかねない全身性障害には、クルーゾン症候群、外胚葉形成不全症、エーラス・ダンロス症候群、ゴーリン症候群などが挙げられる[78]。
サイズの異常
単一歯の矮小歯は上顎側切歯に生じる可能性が高い。矮小歯になる可能性が2番目に高い歯は第三大臼歯(親知らず)である。全ての巨大歯は、下垂体性巨人症および松果体過形成で生じることが知られている。また、片側顔面肥大 の場合に生じたりもする。
形状の異常
- 双生歯は、発生している1本の歯が2本の歯の形成に不完全に分裂したときに起こる。
- 癒合歯は、隣り合う2本の歯が発生時に癒合したもの。
- 2本の歯のセメント質だけが癒合するケース (Concrescence) もある
- 歯の咬頭が飛び出るものとして、距錐咬頭、カラベリ結節、中心結節などが確認されている。
- 歯内歯は、歯質が歯髄腔内に深く陥入したもので陥入歯とも呼ばれる。
- 異所性エナメル質は、歯根などの通常ではない場所に見られるエナメル質。
- 牛歯化は、歯根が下方で融合することにより歯髄腔が大きくなったもので[79]、クラインフェルター症候群、TDO症候群 (Tricho-dento-osseous syndrome) 、トリプルX症候群、XYY症候群と関連がある[80]。
- セメント質増殖症はセメント質の過剰形成であり、これは外傷、炎症、先端巨大症、リウマチ熱、骨ページェット病から生じる場合がある[80]。
- 歯根湾曲は、形成時期に歯への外傷によって引き起こされた可能性のある歯根の湾曲である。
- 過剰根は、予想よりも多くの歯根数があるものをいう。
口唇口蓋裂との関連
口唇口蓋裂(CLP)患者には多種多様な歯の異常が見られる。歯列の両方の組が影響を受ける場合もある。ただし、一般的には影響を受けた側で見られる。最も頻繁見られるのは、欠損歯、過剰歯、変色である。ただし、エナメル質異形成、変色、歯根の発達遅延も一般的である。CLPの小児では、口唇裂領域の側切歯が歯牙発達障害の有病率が最も高い[81]。この状態は歯の混雑の原因ともなりうる[82]。これには、機能と美観に対する配慮を念頭に置いて正しい治療計画を考慮することが重要である。管理を正しく調整することにより、内部に負担を掛ける治療手順を防いで成功した保守的治療をもたらすことができる。
CLP患者達における特定の歯科異常の有病率を算出する研究は多く実施されており、様々な結果が得られている[83][84]。ともあれ、CLP患者が様々な歯の異常を呈する可能性が高いのは明白である。歯科の問題進行を正しく治療したり予防するためには、臨床と放射線的の両面から患者を評価することが不可欠である。なお、CLP患者はIOTN(矯正必要性の指標)で自動的に5と採点されるため、矯正治療を受けやすくなっている。治療をうまく調整かつ計画するためには歯科矯正医との連絡が不可欠である。
構造異常
- 遺伝性エナメル質形成不全症は、エナメル質が適切に形成されない、または一切形成されない状態である[85]
- 象牙質形成不全症は、象牙質が適切に形成されない状態で骨形成不全症と関連する場合もある[86]。
- 象牙質異形成症は、歯根および歯髄が冒される疾患。
- 局所歯異形成症は、エナメル質、象牙質、歯髄が冒される疾患で、X線写真で歯が「幽霊」状に見える原因となる[87]。
- ジアステマは、顎と歯のサイズ不均衡によって引き起こされた、歯2本の間に隙間がある状態のこと[88]。
歯の文化と伝統
- お歯黒
- 歯固め
- 中国では、正月に膠牙錫(飴)という飴を舐めて長寿と歯の健康を願った。日本に伝来すると正月に硬いものを食べて歯を丈夫にするようにする儀式となった[89]。食べる物としては大根が多いが、歯固め石という石を食べさせる地域もある。
- 乳歯の扱い
- ヨーロッパでは枕の下に入れてたら歯の妖精がコインに変える。アメリカなどではネズミがプレゼントに交換する。中東などでは、太陽に向かって投げる。中国や日本などのアジア圏では、歯が生えていた方向に向かって投げる[90]。
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