お化け暦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 07:08 UTC 版)
評価と影響
社会の受容
改暦によって天保暦が廃されグレゴリオ暦が採用されたが、その後も年中行事をはじめとして日常生活では旧暦を使用する地域が多かった[2]。昭和期に入っても旧暦に基づいた行事を催す地域は多かったし[2]、太平洋戦争終戦直後に行われた迷信に関する調査でも盆や七夕を旧暦で行う地域は少なくなかった[61]。旧暦の併記廃止は、旧暦に基づく年中行事や旧暦中に亡くなった故人の命日の把握などに不便を生じ[59][62]、特に、農事暦として旧暦を利用していた農村では、旧暦はなくてはならないものだった[59]。また、暦注は、迷信と言われようとも庶民の暮らしや伝統文化に根付いていた[18]。お化け暦は、こうした層に歓迎され、大量に流通した[2][59]。特に、官暦に旧暦の併記がされなくなってからは、お化け暦は庶民の生活の唯一のよりどころとなった[3]。
政府による取り締まりは厳しかったが、それ以上に需要があり、必要とする庶民は、お化け暦の出版者を匿ったり、手を尽くしてお化け暦を入手しようと努めた[59]。歳末には露天で大量のお化け暦が販売されていた[2]。お化け暦の出版者の中には、摘発されて罰金を科せられ、それを払うためにお化け暦を発行してまた摘発されるということを繰り返し、前科43犯を数える者もいたほどであったという[59]。
旧暦の使用や迷信の排除を進める政府に隠れてお化け暦が庶民の間で流布したことについて、脚本家の山本むつみは「変化を急ぐお上に向けた、庶民からのささやかな『異議申し立て』だったのかもしれません」と記し、文化人類学者の中牧弘允は「科学や迷信の名のもとに切り捨てられない、庶民のしたたかな抵抗」と見ることもできると指摘している[18]。
後世への影響
暦書の発行が自由化されると、旧暦の日付をはじめ、お化け暦に記載されていた九星・六曜・三隣亡・不成就日・一粒万倍日といった暦注が記載されたカレンダーが再び発行されるようになった[12]。旧暦の使用は、農漁村においても1955年(昭和30年)以降は次第に廃れていった[63]。しかし、年中行事の実施や、漁労のための潮の干満などを知るため、現在でも一定の旧暦の需要がある[63]。特に六曜は、ブライダル業界や葬祭業などに影響は大きい[64]。官暦の地位を失った神宮暦においても、戦後は旧暦の日付を併記し、附録として六曜を記載するようになっている[12]。今日でも、年末になるとさまざまな暦注を載せた翌年の暦が店頭に並び盛況を博しているが[58]、これら運勢暦や開運暦と呼ばれるものは、お化け暦の後裔であるとされる[1][3]。
なお、東京天文台は1946年(昭和21年)暦から純粋に科学的な暦として『暦象年表』を発行しており、これは『理科年表』の暦部に収録されているほか、毎年2月1日付『官報』に翌年の暦要綱が掲載されている[14][60]。これらには二十四節気や雑節、月の朔望が記載されているため、旧暦の日付を求めることができ、現在民間で発行されているカレンダーの旧暦はこれらを基にしている[14][60][注 3]。
また、お化け暦に貼付された偽の頒暦証紙は、その多様性から、コレクターによる蒐集の対象となっている[3][65]。
フィクション
脚本家の山本むつみは、『明治おばけ暦』で、急な改暦にあわてふためく庶民の様子を描いた[18]。『明治おばけ暦』は、2007年(平成19年)にNHK-FMのFMシアターでラジオドラマとして放送され[66]、2011年(平成23年)から2012年(平成24年)にかけて劇団前進座の創立80周年記念公演として上演されている[18]。ラジオドラマは、第34回放送文化基金賞優秀賞を受賞した[67]。
注釈
出典
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- ^ “FMシアター(FM) 放送済みの作品(2007年)”. NHKオーディオドラマ. 日本放送協会. 2020年9月1日閲覧。
- ^ “FMシアター(FM) 放送済みの作品(2008年)”. NHKオーディオドラマ. 日本放送協会. 2020年9月1日閲覧。
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