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チープ・トリック

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/29 05:32 UTC 版)

チープ・トリック
左からリック・ニールセン、バン・E・カルロス、トム・ピーターソン、ロビン・ザンダー(2005年、チュマッシュ・カジノ・リゾート公演)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州ロックフォード
ジャンル
活動期間 1974年 -
レーベル
公式サイト チープ・トリック公式サイト
メンバー
旧メンバー

チープ・トリック(英: Cheap Trick)は、1970年代後半にデビューしたアメリカ合衆国のロックバンド[1][4]。アメリカより先に日本で人気を集め、1979年に日本限定で発売されたライブ・アルバム『チープ・トリックat武道館』の輸入盤がアメリカでの成功のきっかけになった。

2016年3月までに3700回以上のライブを行ない[5]、2013年12月時点で世界でのアルバムの売上枚数は2000万枚を超えている[6]。

2016年にロックの殿堂入りを果たした。

来歴

左からニールセン、ピーターソン(1977年)

1974年にイリノイ州シカゴの郊外にあるロックフォード市で結成された。メンバーは、ロビン・ザンダー(ボーカル、ギター)、リック・ニールセン(英語版)(ギター、コーラス)、トム・ピーターソン(英語版)(ベース、コーラス)、バン・E・カルロス(英語版)(ドラムス)の4名[注釈 1][7]。ニールセンが活動初期から曲作りを主導している[8]。

ニールセンは高校卒業後、地元にある2年制のコミュニティカレッジに進学したが、音楽活動を優先させるため、ほとんど授業を受けないまま中退した[9]。彼はピーターソンと共にフューズ(Fuse)[注釈 2]のメンバーとして1969年にメジャー・デビューした。フューズはデビュー・アルバムを発表したが商業上の成功に恵まれず、1971年に拠点をフィラデルフィアに移した。

1973年、ニールセンとピーターソンはフューズを脱退してイリノイ州に戻り、フューズのメンバーだったカルロス、ランディ・ホーガンとチープ・トリックを結成。ホーガンは間もなく脱退し、ザンダーが加入した。

1977年、デビュー・アルバム『チープ・トリック』を発表したがアメリカでは成功せず、同年後半に発表された2ndアルバム『蒼ざめたハイウェイ』も1978年発表の3rdアルバム『天国の罠』もヒットしなかった。一方、日本では『蒼ざめたハイウェイ』をきっかけに、ザンダーとピーターソンの容姿[注釈 3]も相俟って人気が高まっていった。同年4月、初来日。東京公演を収録した日本限定企画のライヴ・アルバム『チープ・トリックat武道館』(1978年)の輸入盤がアメリカで売れ始め、1979年に発売されたアメリカ盤が最高4位と初の全米トップ10入りを果たした。同アルバムからシングル・カットされたライブ版の「甘い罠 (I Want You To Want Me)」はBillboard Hot 100でトップ10入りして最高7位を記録し、初の大ヒット・シングルとなった[10]。

1980年、ザンダーを除いた3名がジョン・レノン「アイム・ルージング・ユー」のレコーディング・セッションに参加[11]。同ヴァージョンは同年発表されたレノンのアルバム『ダブル・ファンタジー』には使用されず、1998年に発表されたボックス・セット『ジョン・レノン・アンソロジー』で陽の目を見た[12]。同年、ビートルズとの仕事で知られるジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えたアルバム『オール・シュック・アップ』を発表したが、同作を最後にピーターソンが脱退した。

バンドはピート・コミタを起用してツアーを行なった後、彼に代わってジョン・ブラントを迎えた。そしてトッド・ラングレンがプロデュースを担当した『ネクスト・ポジション・プリーズ』(1983年)などの意欲作を発表するが、売り上げは落ち込んでいった。1986年、同年公開された映画『トップガン』のサウンドトラックに「Mighty Wings」を提供。

1987年、ピーターソンが復帰。翌1988年、アルバム『永遠の愛の炎』が全米16位のヒットとなり、第1弾シングル「The Flame」は初の全米1位[13][10]。第2弾シングルのエルヴィス・プレスリーの「冷たくしないで」のカバーは全米4位になった。

その後ワーナー・ブラザース・レコードに移籍し、1994年にテッド・テンプルマンのプロデュースによる『蒼い衝動』を発表するが、商業上は成功しなかった。ほどなくワーナー・ブラザースを離れ、ライヴ中心の活動に移行した。サブ・ポップからシングル「Baby Talk」をリリースした後は、Red AntやBig3といったインディーズ・レーベル[注釈 4]から作品発表を継続する。

1999年、故郷のイリノイ州ロックフォードで、結成25周年を記念して銀婚式を意味する「シルヴァー」と題された大規模なコンサートを開催、元メンバーのジョン・ブラントや同じくイリノイ州出身であるスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガン、ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュといった多彩なゲストが出演した。

2003年8月、来日してサマーソニック03に出演。競演した多くのパワーポップ系若手バンドが敬意を表した。

2008年4月24日、アルバム『at 武道館』発売30周年を記念して再び日本武道館で公演。

2009年 ラスベガスにて2週間にわたり、ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド 』全曲を演奏するSgt. Pepper Liveを開催。フルオーケストラと共演し、ジョーン・オズボーンなどのゲストを迎えた。

2010年、かねてから身体上の問題を伝えられていたカルロスが籍を残すもののツアーに参加しないことをマネージメントが発表。ニールセンの息子ダックスがツアードラマーに起用された。

2011年7月17日、オタワ・ブルースフェスティバル(Ottawa Bluesfest)での演奏中、強風のためステージが大崩落する事故が発生。メンバーは怪我を免れ、以降も精力的にツアーを継続する。

2012年8月よりロックフォードのBurpee自然史博物館で、ニールセンのテーマ展「Rick’s Picks: A Lifelong Affair With Guitars & Music」が開催。コレクターとして知られる彼が所有する膨大な数のギターやピーターソンのベース、様々な関連資料が展示される。

2013年、カルロスが自分はメンバーであるのに新作のレコーディングへの参加が認められず得られるはずの報酬も支払われていないと主張して、バンドを相手取った訴訟を起こした。バンド側は彼は既にメンバーではないとして対抗訴訟を起こすが裁判所に棄却された。同年8月10日と11日、サマーソニック2013に出演。

2015年、カルロスが起こした訴訟が結審。2月下旬、彼は現在もメンバーではあるが今後ツアーやレコーディングには参加しない旨がザンダーによって公表された。カルロスは同年のインタビュー[14]で、ツアーからの離脱の原因はスケジュールやセットリストの長さについての意見の食い違いに起因するザンダーとの不仲だったことを明かしている。同年12月、ディープ・パープル、シカゴなどとともに、翌2016年付でのロックの殿堂(The Rock and Roll Hall of Fame and Museum)入りが発表される。2016年4月8日に行われた式典にはカルロスも出席して6年ぶりの共演をはたした。

2016年、ダックス・ニールセンがレコーディングに参加したニューアルバム『バン・ズーム・クレイジー・ハロー』をBig Machine Label Groupより発表。

メンバー

名前 プロフィール 担当 在籍期間 参考
現メンバー
ロビン・ザンダー
(英: Robin Zander)
1953年1月23日(73歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ウィスコンシン州ベロイト
ボーカル
リズムギター
1974年 - 現在
リック・ニールセン(英語版)
(英: Rick Nielsen)
1948年12月22日(77歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州エルムハースト
リードギター
コーラス
活動初期から本バンドの楽曲制作を主導している[8]
1973年 - 現在 高校卒業後、地元にある2年制のコミュニティカレッジに進学するが音楽活動を優先させるため、ほとんど授業を受けないまま中退している[9]。
トム・ピーターソン(英語版)
(英: Tom Petersson)
1950年5月9日(76歳)

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

ベース
コーラス
1973年 - 1980年
1987年 - 現在
バン・E・カルロス(英語版)
(英: Bun E. Carlos)
1948年12月22日(77歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州エルムハースト
ドラムス
コーラス
1973年 - 現在
[注釈 1]
旧メンバー
ランディ・ホーガン(英語版)
(英: Randy Hogan)
1954年5月8日(72歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニュー・ハートフォード
ボーカル 1974年
ピート・コミタ
(英: Pete Comita)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ベース
コーラス
1980年 - 1981年
ジョン・ブラント(英語版)
(英: Jon Brant)
1950年2月20日(76歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 シカゴ
ベース
コーラス
1981年 - 1987年
1999年[注釈 5]
2004年 - 2005年
2007年
サポートメンバー
マジック・クリスティアン(英語版)
(英: Phil Cristian)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 キーボード
コーラス
1982年 - 1986年
2002年[注釈 5]
2008年 - 2011年
2012年[注釈 5]
2013年
2014年[注釈 5]
2015年[注釈 5]
2016年[注釈 5]
スティーヴ・ウォルシュ
(英: Steve Walsh)
1951年6月15日(75歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ミズーリ州セントルイス
キーボード
コーラス
1985年
マーク・ラディス(英語版)
(英: Mark Radice)
1957年11月23日(68歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニュージャージー州ニューアーク
キーボード
コーラス
1985年
トッド・ハワース(英語版)
(英: Tod Howarth)
1957年9月24日(69歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンディエゴ
キーボード
コーラス
1986年 - 1987年
1990年 - 1996年
1999年[注釈 6]
2000年
2008年
ダックス・ニールセン
(英: Daxx Nielsen)
1980年8月12日(46歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ドラムス 2001年
2010年 - 現在
ロビン・テイラー・ザンダー
(英: Robin Taylor Zander)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ギター
コーラス
不明 - 現在

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

EP

  • 今夜は帰さない - Clock Strikes Ten (1977)
  • カリフォルニア・マン - California Man (1978)
  • デイ・トリッパー - Found All The Parts (1980) 

ライブ・アルバム

コンピレーション・アルバム

  • グレイテスト・ヒッツ - The Greatest Hits (1991)
  • セックス・アメリカ・チープ・トリック - Sex, America, Cheap Trick (1996)
  • エッセンシャル・チープ・トリック - The Essential Cheap Trick (2004)
  • ジャパニーズ・シングル・コレクション-グレイテスト・ヒッツ- - Japanese Singles Collection-Greatest Hits- (2018,日本限定)

来日公演

単独公演

フェス

  • Japan Jam 2(1980年)
  • SUMMER SONIC 2003(2003年)
  • SUMMER SONIC 2013(2013年)
    • 8月10日 千葉 幕張メッセ
    • 8月11日 大阪 舞洲サマーソニック大阪特設会場

脚注

注釈

  1. 1 2 3 カルロスは在籍しているが、2016年以後はレコーディングにもライブにも参加していない。2010年以降はサポートメンバーであるダックス・ニールセンがドラムスを演奏している。
  2. ↑ 1967年にイリノイ州ロックフォードで、ニールセンが在籍していたバンドとピーターソンが在籍していたバンドが合併する形で誕生した。
  3. ↑ 『蒼ざめたハイウェイ』『天国の罠』『チープ・トリックat武道館』の表ジャケットには、この両名しか写っていない。
  4. ↑ 日本ではビクターエンタテインメント。
  5. 1 2 3 4 5 6 1回限りの参加。
  6. ↑ ゲスト・ミュージシャンとして参加。

出典

  1. 1 2 3 Erlewine, Stephen Thomas. “Cheap Trick Biography, Songs, & Albums”. AllMusic. RhythmOne. 2020年11月18日閲覧。
  2. ↑ Popoff, Martin (2014). The Big Book of Hair Metal: The Illustrated Oral History of Heavy Metal's Debauched Decade. Voyageur Press. pp. 145, 190. ISBN 0-7603-4546-5
  3. ↑ Uhelszki, Jaan (2010年3月15日). “Cheap Trick: 35 Years of Pop-Rock Brio”. BMI.com. Broadcast Music, Inc. 2023年4月3日閲覧。
  4. ↑ “チープ・トリック バイオグラフィー”. ウドー音楽事務所. 2022年9月17日閲覧。
  5. ↑ “Cheap Trick: 'We don't want to do wimp versions of ourselves'”. USA Today. Gannett Co., Inc. 2016年3月29日. 2020年11月19日閲覧.
  6. ↑ “Cheap Trick bucking the trend, touring with 3 original members”. daily-journal.com (2013年12月20日). 2020年11月18日閲覧。
  7. ↑ Curry, Corina (2016年4月11日). “Cheap Trick: 'New guy' Daxx Nielsen has known bandmates his whole life”. Rockford Register Star. Gannett Co., Inc. 2020年11月19日閲覧.
  8. 1 2 “TOP 10 RICK NIELSEN CHEAP TRICK SONGS”. UCR. 2026年8月13日閲覧。
  9. 1 2 “world, but still calls Rockford home”. Rockford Register Star. 2026年8月13日閲覧。
  10. 1 2 allmusic(((Cheap Trick>Awards)))
  11. ↑ John Lennon - Wonsaponatime (CD) at Discogs
  12. ↑ “I'm Losing You by John Lennon”. Songfacts. 2016年2月2日閲覧。
  13. ↑ “Billboard Cheap Trick Chart History”. Billboard. 2020年11月19日閲覧。
  14. ↑ “Cheap Trick's Bun E. Carlos on Possible Rock Hall Reunion”. RollingStone. 2015年12月22日閲覧。
  15. ↑ “チープ・トリック 45年間お蔵入りだった4CDライヴ盤『Live at The Whisky 1977』発売 半分以上が完全未発表”. amass.jp. 2022年11月20日閲覧。

外部リンク




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